10『ちょっと一休み(爆睡)』
1月4日
21時
「ぶぁあっ! 疲れたぁ!」
ダンジョンの地下1階、秘密基地化したセーフエリアによたよたと辿り着いた秋水は、ヘルメットを脱ぎ捨ててから畳の上にごろりと転がり、巨大な鳴き声を上げた。
畳、最高である。
もう1畳持ち込もう。
そして布団と毛布も持ち込もう。
古い畳の微妙な香りを嗅ぎながら、転がってようやく一息入れることが出来た秋水は、頭の中で必要な物リストに畳と寝具一式を追加することとする。
「いや、て言うかこの畳ヤバいな。い草の香り吹っ飛んでるぞこれ」
畳に文句を垂れ流しながら、それでも1畳しかない畳の上をごろごろと転がる。
いや疲れた。
普通に疲れた。
本日のダンジョンアタック、7時間である。ちょっとだけと決めておきながらコレである。
調子に乗ってダンジョンを進み、見つけた角ウサギに殴り合いを申し込み、気がつけば結構な時間が経っていた。
そろそろ戻るかと来た道を遡れば、途中からは再び角ウサギとこんにちはである。
やはり腕時計が必要だ。
途中途中、スマホで確認した程度のざっくりとした時間感覚ではあるが、おおよそ角ウサギが消滅してから2時間くらい経過したエリアでは、新しい角ウサギが出現しているようである。このダンジョンのモンスターは、どうやらリポップ制のようだ。上限があるのか無限湧きなのか、そこはとても気になる所であった。
帰り道の角ウサギも丁寧に処分して、リポップの間隔や上限がどうなのか確かめたいとは思ったものの、時間的な理由と、何より食料の残量が乏しくなった事により断念した。
今回は大怪我こそしなかったものの、用心のためにポーションの使用に対してちまちまとプロテインゼリーを口にしていたせいか、思った以上に消耗が激しかった。反省である。まさか用意していたポーションよりも先に無くなりかけるとは。次はもう少し多めに、そしてサプリメント系を増やして持って行くことにしよう。
「んーっと、腕時計、新しい畳、布団と、毛布と、ビタミンミネラルのサプリに……いや畳に拘らなくても、キャンプ用品で何かあるか? んー、父さんなら詳しいだろうけど……」
ごろごろしていた畳から体を起こし、スマホを手にしながら新しく欲しいものを考えはじめる。出費がかさむかさむ。
とりあえずは思いつく限りの不足品をスマホでメモし、続いて本日の反省もたぷたぷと入力していく。
「時間管理が出来てない。食糧管理の杜撰さ。カウンターの成功確率が7割ぐらい。慣れてきたから油断してきた気がする」
入力しながら、棚からプロテインの粉末等が既に入れられているシェイカーを1個取り出す。
棚には同じプロテインシェイカーが6つ並んでいた。
それぞれのシェイカーの中には、ソイプロテインとマルチビタミンとマルチミネラル、そしてイヌリンとシナモンとモリンガと大麦若葉の粉末が既に充填されている。プロテインだけならまだしも、色々な色をした粉が混ざり合っているので見た目が悪い。
その何だか良く分からない怪しい粉の入ったシェイカーを持ち、秋水はゆっくりと立ち上がる。
「あとは……腕力?」
反省の最後を疑問系で締めくくり、メモ帳を保存してから畳の上にスマホを置いてシェイカーのフタを開ける。
腕力、と言うか攻撃力、だろうか。これに関しては正直な所、反省というよりもただの疑問、いや疑問どころか違和感程度の域でしかない。正に疑問系である。
うーん、と考えながら、秋水はポーションの噴水地点に足を進め、プロテインシェイカーにホースから垂れ流しになっているポーションをじょぼじょぼと注ぎ入れ、フタをしてから思いっきりシェイクする。
濁った薄黒く濃い緑色をした謎の味付けポーション完成である。
それを一気に飲み干して、少々ダマになっていたのは気になるが、安定の不味さに若干嘔吐き、再びシェイカーにポーションを注いで残った粉末も余さず頂く。牛乳割りと比べるとポーション割りはやはり不味い。
「……とりあえず、明日はジム行ってみるかぁ」
謎のドリンクの不味さに一息ついてから、秋水は明日の予定を考えた。
今日の装備で何も問題なかったら、明日もダンジョンアタックをするつもりでいたのだが、予定変更である。
いいや、別に今日の新装備には何の問題も無かった。
大バールは長さとしても十分取り回しし易く、重すぎず軽すぎず、自分ながらにナイスチョイスだと感じる。
ヘルメットのフェイスシールドの部分は今日一日で随分傷になったが、交換用品は既にある。ライディングジャケットなども地面を転がってボロくはなったものの、破れたりちぎれたりという致命的な損傷もない。防具もそれぞれに十分に役に立ってくれた。
だが、問題は別に発生した。
いや、したかどうかはまだ分からない。現時点ではあくまでも疑問系に過ぎない程度である。
「殴って、ってことは、ともかく腕とか肩とかの多関節運動だよな。単純にマシンで記録取って、うーん」
再び畳の上に座り込んでから、スマホからトレーニング記録のアプリを立ち上げる。
秋水は別にボディビルダーになりたい訳でもないので、筋トレは自称エンジョイ勢でしかない。自称である。
なのでトレーニングの記録は一応つけてはいるものの、然程事細かにしている訳ではない。自分が通っているコンビニジムの専用アプリのおまけ要素的についているトレーニング記録を、あるから使っておくかぁ、くらいの気持ちで入力している程度である。
ガチ勢のように手帳とペンを使ってオリジナルのトレーニングノートを作ったり、細かな記録が出来る専用のアプリを使ったりはしていない。筋トレは好きだが、そこまで愛情持って自分の筋肉を育てている訳ではないのだ。
「コンパウンド種目は結構適当に入れてたのがアダになってんなぁ……ドロップセットなしのストレートセットだけが前提みたいなトレーニング記録だもんなぁ」
筋トレに興味の無い人には通用しない謎言語をぶつぶつ呟きながら、トレーニング記録を遡る。
今日のダンジョンアタックで、妙に違和感があったのは、角ウサギの処理速度だ。
本日初戦で戦ったとき、ボコボコに殴り続けて殺すまで体感で1分程だった。
何発バールで殴ったかは覚えていない。
だが、途中から殴りまくって殺すまでにかかった時間が短くなった、ような気がした。
もちろん、体内時計など信用ならないし、正確な時間は計っていない。
だからこその違和感だ。
その違和感が、妙に頭にある。
それを覚えてから、必勝パターンに近い角ウサギの体勢を崩しきってからのバールぶん殴りフェスティバルのとき、殴りながらも大声で何回殴っているかをカウントしてみた。傍から見たら狂気を感じる光景だ。
カウントしてみたら、7発から11発ほどである。
それぐらいバールでボコのボコにしてやると、角ウサギは死ぬ。
当然ながら、当たり具合というのがあるだろう。クリティカルヒットというやつだ。たまたま力の入れ方が上手かったとか、たまたま急所に当たったとか、もちろんだが角ウサギの体勢を崩すまでにカウンターをぶち込んだりバールで殴ったり、緊急手段としてライディング安全靴で蹴りかましたりしていたので、ボコボコラッシュ以前に蓄積させたダメージがそもそも違う。
の、ではあるが、後半に行くに従って、殴る回数は確かに減っていた。
7発から11発としたが、その11発は最初の数字で、そこからランダムに、だが徐々に数を減らし、ボコ殴り7発で殺しきったのは一番最後に遭遇した角ウサギであった。
慣れではないのか。
偶然ではないのか。
感覚的に急所が分かるようになってきただけではないのか。
本日新調した装備が馴染んだだけではないのか。
色々と考えてはみたのだが、やはりどうにも違和感がある。
それを秋水は上手く言葉に出来ないのだが、その違和感はわりと秋水の身近にある違和感に近いのが、逆に気になってしまう。
何と言うか、予定通りの筋トレメニューをこなしているときに、「あれ、もうちょい重いのいける?」 みたいな感じに近い。
自称エンジョイ勢のくせに例え話で引き出せるのは筋トレである。
ともかく、その違和感は思っていたよりも筋トレの効果が出ている、つまり想定よりもパワーが出力された感覚である。
本当に僅かな違和感だ。
筋トレーニーであるからこそ感じられたレベルだ。
いつもより体が動く。
いつもより力が出る。
そんな体の調子の良さ、という感じに近いのだが、それは小さく、だが秋水にとっては明確な違和感でしかない。
筋トレをして力強くなったな、となるのは筋トレしてから数日後の話だ。
そして今回の違和感は、当日中の話だ。
「これがゲーム的な話なら、レベルアップとか、ステータス上昇とかいうやつだよな……」
スマホから顔を上げ、溜息を一つ。
まるでゲームのようなダンジョンだ。
明るく快適な洞窟だったり、モンスターが出たり湧いたり。ゲームのようなダンジョンが舞台である。
ならば、ゲームのようなシステムが、秋水自身に影響を及ぼしている可能性もある。
ほら、魔法とか、アレ的な不思議パワーとか、何か、うん。
「……うわー、RPGゲームは詳しくねぇんだよー」
頭を抱えた。
そう、秋水は実のところ、あまりゲームをしない。
全くしない訳ではない。アクション系統のゲームはたまにする。妹の対戦相手として。
だが、腰を据えて行うようなRPGに関しては全く食指が動かず、たまに妹がプレイしているのを隣でスクワットとかしながら、「へー」 ぐらいの感覚で眺めた事がある程度である。ちなみに妹からは鬱陶しいから消えてくんない? とか言われたので泣いた。
このダンジョンにファンタジー要素があると感じられたのも、特定のゲーム的な話からではなくではなく、J・R・R・トールキン的な物語を小説と映画で知っているからこそである。
つまる所、RPGに関してはそもそも知識が無い。
少なくともRPGの事をRPGゲームとか言う程度に知識が無い。RPGは何の略だとかすら考えたことがない。
なので、ダンジョンとかポーションとか一般化されているのは思いつくが、ゲームシステム的なセオリーについては全く分からないので考察のしようがない。
レベルアップとは何ぞや、ステータスとは何ぞや。
筋トレ続けて筋肥大してきたぜー、みたいなのとは何が違うのか。
実のところポーションだって、不思議パワーみたいなノリで納得しているだけで、ファンタジー的なゲーム的な、そんな方向の理論は想像することすら出来ない。
ポーションに関しては最早理論や理屈は横に置き、使用条件やら使用期限といった実用性のみで考えることとした。
ならば、今回の違和感に関しても対応は同じだ。
「とりあえず、明日はジムでボリューム確認すっかな」
レベルやステータスの概念は良く分からないが、自分の筋力が妙な成長をしているかどうかはトレーニングを通じれば分かるはずだ。そう言い切れるだけの筋トレ経験はある。
もしも力が強くなっているなら、理由はダンジョンかポーションしかない。
ダンジョン的な不思議パワーが何か作用しているのか、ポーションを飲んだりしたときの回復効果が筋トレの超回復期間すら短縮しているのか、それは後から調べれば良いだろう。秋水個人としてはポーションが筋肉の超回復期間を短縮するというのであれば、それはウルトララッキー所の話ではなくなるが。
何はともあれ、明日の予定はほぼ決まった。
ならば、風呂入って飯食って早く寝た方が良い。
そう思ってダンジョンの出口、庭へと通じる梯子を見上げ。
「いや、疲れてんだよなぁ……」
正直、梯子を登るのがダルかった。
疲れている。
その一言だ。
肉体的な疲れではない。ポーションを飲むと疲労が抜けるので、むしろフィジカルは元気ハツラツである。
ではあるが、ポーションで精神的な疲労は癒やせないようだ。
悪い疲れではない。心地よい疲労感と言うか、満足感と言うか、張り詰めていた緊張感がぷつりと切れたと言うか。
遊園地で死ぬ程遊んで帰ってきた、そんな疲れに似ている。
今から飯の準備するのかー。ダルいー。
今から風呂の用意するのかー。ダルいー。
今から梯子登るのかー。ダルいー。
これである。
「あー……ちょっとだけ寝るかなぁ」
そう言って秋水は畳の上に再びごろりと転がる。
30分くらい休むか。
こんな思惑だ。皮算用とも言う。
体的には疲れていない。それに直畳で、布団も枕も何もない。ついでに天井が光ってて明るい。
そんなガチ寝はしないだろうと高を括り、秋水はゆっくりと目を閉じる。
少し休んだら飯作ろう。
少し休んだら風呂入ろう。
少し休んだら家に戻ろう。
そんなことを考えながら、ふぅ、と秋水は息を吐き出し
次に目を開ければ、かなりすっきりした感じ。
何故か停止していた思考回路が立ち上がるのに数秒。
ナイスな目覚め。
気分は爽快。
ついでに畳の上から跳ね起きる。
はい、ガチ寝しました。
まさか目を閉じて一瞬で寝るとは思いもよらなかった。
思ったよりも疲れが溜まっていたのか。ポーションの疲労回復は制限付きなのか。いやポーションで傷を回復するときは栄養を前借りして回復しているのだ、疲労回復に対しても何かしら前借りしている可能性がある。その前にタンパク質、は寝る前にプロテイン飲んでるからギリセーフ。風呂入らないと体臭いよなこれ。
色々な考えが頭の中を錯綜している。
とりえず、今何時だ?
何時間爆睡かました?
これだけすっきりとした目覚めである。だいぶ寝たのは間違いない。
上を見上げ、天井の岩が相変わらず光っていらっしゃる。
周りを見渡すが、ここはダンジョン、洞窟の中である。外の様子が分からねぇ。
転がっていたスマホを拾い上げてから、セーフエリアに持ち込んでいたアナログの時計のことを思い出し、棚の方へと目をやった。
11時40分。
「うげっ!?」
思わず妙な鳴き声が漏れ出た。
11時。
改めてみても、そのアナログ時計の針は11時40分程を指している。
いや、寝過ぎだ。
ダンジョンアタックから帰ってきたのが夜の9時、21時ぐらい。
そこから色々やりはしたが、1時間も経ってはいないはずである。なら、寝入ってしまったのは22時にもなっていないだろう。
それが、今は11時。それも半分以上過ぎている。
なるほど、半日以上寝ていたと言うことか。
「とほほだなこりゃ……」
がっくりと秋水は肩を落とし、爆睡を決めてしまった自分を軽く恨むこととした。
今日はジムに行くとして、ダンジョンアタックは中止だろう。
本日の予定終了のお知らせである。
と言うか、まともな物を食べずに12時間以上ぶっ通しで寝ていたと自覚した途端、急に腹が減ってきた。寝起きにも関わらず元気な胃袋である。いや、よく寝た証拠か。
盛大な溜息を吐き出してから、秋水はとりあえずスマホの電源を入れる。
1月4日
23時42分
スマホのロック画面には、そう表示されていた。
「…………え?」
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