09『新装備』
「ふんぬらぁっ!!」
奇妙なかけ声と共に、角の生えた巨大なウサギへバールへ叩き込む。
殴られた衝撃で後ろに弾かれる角ウサギを即座に追い、秋水は反対の手にも持ったバールでさらに一撃を真上から殴り込み、角ウサギを直接真下へと叩き落とす。
こうなれば一方的な展開だ。
そこからは右手の柄の長いバールで思いっきり殴りつけ、左手の前回も使用していた標準サイズのバールで顔面を狙って突きを入れる。反撃を許すことなく一気呵成に連打を入れる。気分は太鼓。もう一回遊ぶつもりはなく、きっちり殺しきるつもりでひたすらに攻撃を加える。
「こいつはっ! いいなっ! 殴り易いっ!」
悪人面の男がウサギをバールで殴り続けるという最悪な構図である。そのウサギがデカい小動物という矛盾した生物紛いである点を除けばだが。
しかも殴っている本人が滅茶苦茶楽しそうにしているのがサイコパス感がある。実際サイコパス野郎ではあるが。
そのまましばらく、1分程度か、殴り続けていると、角ウサギの傷口から光の粒子が猛烈に噴き出しはじめる。
経験として、あ、こいつは死んだな、とは思ったが、大バールを両手に構えて駄目押しとばかりに3発ほどフルスイングで殴りつけた。
びくりびくりと痙攣しながら光を噴出させる光景は、前と変わらずグロテスクのような、もしくは神秘的なような不思議な光景であった。だが秋水は殴った。容赦などない。
そして、角ウサギの体がゆっくりと透明になり始めたのを確認してから、秋水は一息入れ、ゆっくりとその場から下がる。
ふむ、良い感じだ。
「とりあえず時間経過でダンジョンの作りが変わる様子はなし。モンスターが変わる様子もなし。強さも、たぶん同じくらい、かな?」
まだ消えていないにも関わらず、角ウサギから視線を外し、大小のバールを腰ベルトに差しながら周りを見渡した。
岩肌に囲まれているのに何故か明るい洞窟。
真冬にも関わらず快適な温度。
殺しにかかってくる化け物。
庭の地下に現れた不思議理不尽奇妙奇天烈空間。
1月4日の午後、3日ぶりのダンジョンアタックである。
やっぱり夢じゃなかったんだなぁ、としみじみ思いつつ角ウサギの方へと視線を戻すと、跡形もなく消えてしまった後であった。
今回はドロップアイテム的な物はなしかと残念な気持ちが2割、最期の確認をしなかったのは軽率だったかもしれないという反省3割、そして殴り殺せた快感が6割。はみ出した1割が口から漏れ出た。
やはり楽しい。
独りでうんうんと頷くサイコパス、もとい秋水は改めて角ウサギを殴り殺したことを堪能した後、近くに降ろしていたリュックサックを回収しに向かう。
ホームセンターで装備を買い揃え、違う店も物色した後、秋水はそのままダンジョンへと潜っていた。
何なら買った物の開封作業は、そのまま1階のセーフエリアで行った。遠足を待ちきれない子供のようである。中学生は子供か。
結局何も買わないで家に帰ることにした紗綾音を見送って一息入れた後、今まであった物よりも大きい、釘抜きなどよりも防災用具として使えそうな大きさのバールを選んだ秋水は、兎にも角にもさっさとそのバールの使い心地を確かめてみたかった。使用方法は間違えているが。
実際に使ってみた感想としては、かなり良い、である。
長く、太く、重くなった代償として取り回しこそは確かに悪くなったが、それを補って余りある打撃力を手に入れた。攻撃回数は減少したが、1撃がそれ以上に重くなったので、総合ダメージとしては上昇した、といった感じだろうか。
それに角ウサギの角よりも長いので、角突きタックルに対してのカウンターが綺麗に入るようになった。角を回避するより前にカウンターを突けるというのも大きいが、やはり絶対に回避をしなくてはいけないというプレッシャーがあるのとないのとでは行動に対しての余裕が圧倒的に違う。
そして初撃のカウンターを入れたら、後は畳み掛けていくというスタイルは前回と同様なので、カウンターが楽になるかどうかは角ウサギをぶち殺す難易度に直結する。
殺し合い、という観点ではあまりにヌルゲーとなるのはあまり喜ばしくないのだが、現状ではまだ油断出来ないだろう。なにせまだ本日1体目。次も角突きタックルへのカウンターが綺麗に決まるとは限らない。
「よーっし、次に行こうかねー」
用意していたポーションを一口飲み、るんるん気分を隠せないまま秋水は次のエリアへと足を進めることにした。
バイクという乗り物がある。
自転車のことではない。
エンジンなりモーターなりの力でタイヤを回して推進力を得る方のバイクだ。
人間の足よりも圧倒的に速く、自動車と同等、もしくはそれ以上の速度で走行出来るそれは、人間が直接跨がって操縦するという特性上、事故や転倒の時に乗っていた人間がそのまま投げ出され、かなりの運動エネルギーを得たまま吹っ飛んでいくというリスクがある。
そうじゃなくても、一般道で時速60㎞、高速道ならば時速100㎞で剥き出しのまま走行するのだ。飛んでいる虫がぶつかっただけでも、その速度によってそれなりのダメージを負ってしまう。顔面に当たれば普通に大怪我だ。なんならば、雨の日に時速100㎞で走るだけで、体に当たる雨粒ですら痛く感じるのだ。
そのため、バイクに乗るときは安全装備を必要とする。
頭を守るヘルメットはその代表例だろう。これは法として、バイクを走らせるには最低限ヘルメットはしないといけないとなっているくらいだ。
そのヘルメットも、頭を守るだけのハーフキャップ、顔面も守れるシールドがついたジェット、口から顎にかけても守れるフルフェイス、などなど色々と種類がある。
ヘルメット以外にも、手を守るライディンググローブ、上半身を守るライディングジャケット、下半身を守るライディングパンツ、足を守るライディングシューズ、色々とある。そこにプロテクターが何だとか、上半身と下半身を全部守るとか、インナーがどうだとか、安全装備は多岐に渡る。
ただ、それらの根本はどれも同じで、いざという時のダメージを軽減するための物、である。
要は防具だ。
秋水が角ウサギの攻撃から身を守るための防具として、真っ先に思いついたのがこれであった。
それなりの頑丈さがあり、それなりの耐久性があり、それなりに動きが制限されない。そして現代日本において入手しやすいものとなると、バイクの安全装備が一番現実的なのではないかと秋水は考えた。
ただ、ガチのライディング装備は値段が高い。
諸事情により、後先考えなければそれなりの金を使える身である秋水ではあるが、流石に引いた。
防具は綺麗でいることよりも、いざという時のダメージを肩代わりして壊れるのが仕事であり、言わば消耗品だ。
消耗品にこの値段かぁ、とは思ったが、安全のためにある程度の出費が必要なのも事実。
そこで考えた。
そうだ、ガチじゃない方のライディング装備にしよう。
そう考えた結果が、現在の秋水が身に纏った装備であった。
「痛っ! 痛いなテメェ!」
初戦の綺麗なカウンターは何だったのか、角にこそぶっ刺されはしなかったものの、巨大なウサギのタックルに弾き飛ばされ、地面をごろごろと転がった秋雨は即座に跳ね起きる。
地面と行っても砂場ではない。岩場の地面だ。
これがただのジャージや作業服だったら、これだけで全身擦り傷と打ち身のオンパレードであろう。実際前回のダンジョンアタックではそうだった。
だが今日は違うのだ。
「新品が早速ボロだ、いや近っ!? やりやがったな月夜のお肉がっ!」
跳ね起きた時点で既に角ウサギは追撃を仕掛けようとしていたが、転がりきる前に体勢を立て直したせいか意外とすぐ近くに居たので、反射的に大バールでぶん殴って2発目の角突きタックルを強制的にキャンセル。
やはり質量は正義か。
まともではない姿勢で殴りつけたにも関わらず、大バールの一撃で今度は角ウサギの態勢が若干崩れる。
若干だが十分だ。
続いて普通のバールで首を突き、立ち上がるついでにヤクザキックを顔面に叩き込み、大バールで強引にシバき倒して無理矢理態勢を崩しきる。そこまで行けば最早必勝のパターンである。
「フルボッコ、だドンっ!!」
1発、2発、おかわりで3発。
暴れる角ウサギが苦し紛れで蹴りをカマしてくるものの、おろしたての大バールの方がリーチが長い。
一度だけ手にちりっと掠めた気がしたが、気のせいか。少なくとも、関節部にプロテクターを施されたライディンググローブ越しにダメージが入る程でもない。
10発程大バールで殴りつけると、角ウサギの動きが悪くなる。
もうちょっとか、と次は思いっきりぶん殴る。
「ぉん?」
その手応えに、秋水は一瞬眉を顰めた。
だが動きを止めず大バールを振り上げる。
と、追加注文をお届けするより前に、ぶしゃっ、と光の粒子が角ウサギの傷口から噴き出した。
死亡演出だ。
「あれ? もう?」
振り上げたのに行き場のなくなった大バール。
とりあえず光をまき散らす角ウサギにもう一度叩き込んでから、ゆっくりと下がった。
所詮は死亡確認、と言うか消滅確認をしなかった反省を活かし、油断のないように大小のバールを両手で構えながらゆっくりと待つ。
角ウサギは血の代わりに光を吐き、しばらくした後にゆっくりと消えていった。
からん、と白銀のアンクレットが転がったのを確認してから、秋水はゆっくりと溜息を一つ。
バールを腰ベルトに差し、戦闘態勢を解いた。
その腰ベルトに装着した作業ポーチから小さなペットボトルを取り出して、ジェットヘルメットのフェイスシールドをがばりと開けてから、ペットボトルに入ったポーションを一口。
「……今、何秒だった?」
飲んでから、誰に問いかけるでもなく独り言ちる。
タイムを計っている訳でも撮影している訳でもないのだ、正確な時間など分かりはしない。さらには殴りまくっているときは興奮状態だ、体内時計など当てにもならない。
ならないのだが、秋水は独り首を捻った後、ドロップアイテムである白銀のアンクレットを拾い、近場に投げ捨てていたリュックサックを取りに向かう。
「スマホ持って戦うわけにもいかないし……腕時計必要かねぇ?」
ぶつぶつ呟く内容を、リュックサックから取り出したスマホのメモ帳にたぷたぷと入力していく。
叩き方が上手くいったのだろうか。当たり方が良かったのだろうか。
殴り続ける時間が短くなった、ような気がする。
もしくは、殴る回数が減った、気がしないでもない。
時間も回数もカウントしていないので正確なことは分からない。ただ運が良かっただけかもしれない。
だが、何となくではあるが、前回よりも今回の方が角ウサギをあっさりと殺せた気がする。
誤差な気もするが。
気がするだけかもしれないが。
「ま、とりあえず、この格好は正解っぽいなっ!」
気を取り直し、秋水は満足げに頷いた。
その格好は、どう見たってバイクに乗る人の格好であった。
ホームセンターで買った安物のジェットヘルメット。
顔面を守るシールドは地面を転がった際に傷がついたので、どうやらシールド部分は消耗品であるのが分かった。
そして作業服や作業用品を売っている『働く男』から入手した、ライディングにも使えるジャケットとパンツ、そして靴とグローブ。
本格的な物に比べると安物感は拭えないものの、その性能は十分であり、特にジャケットとパンツには標準でぺらぺらのクッションみたいなプロテクターが標準で付属している。そのプロテクターでは防御力に不安があるが、大事なのはプロテクターを装着出来る部分があるという点にある。
別口で購入したチタンプロテクターと入れ替えると、あら不思議、防御能力爆上がり、本格派の出来上がりである。
そしてライディンググローブは値段相応に安っぽいが、それなりのプロテクターが標準でついており、靴に関しては元より爪先に鉄板を仕込んだ安全靴がそれ用に進化したのか、普通に上出来な防具であった。
上から下までバイク装備。
現状で考えられる、ダンジョンアタック用の防御装備がこれであった。
そして実際、岩場の上を転がっても、多少痛い、だけで済んでいる。
これは使えそうだ。
「とりあえず、あまり遅くなっても駄目だし、もう何体かぶっ殺、いやお試ししてから戻ろうかなぁ」
音符のマークが出てそうな程にテンションを上げながら、秋水はリュックサックを背負う。
只今、16時過ぎ。
ダンジョンに潜ってから既に2時間経過。
初日に辿り着いた最端まで来ているので、ここからはまたマッピングをしながらちまちま進むことになる。
今日はもうちょっとだけ進もう。
もうちょっとだけ探索しよう。
新たな武器と防具を手に入れて、るんるん気分で秋雨は奥へと進むこととした。
無論、ちょっとで済むはずもない。
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