07『休日にクラスメイトには会いたくないタイプ』

 ダンジョンを発見して2日目と3日目、楽しみを見つけた少年は時間を忘れるようにそれに没頭する、のが一般的なのだろうが、秋水はそれに比べて随分と慎重と言うか計画的と言うか、ダンジョンアタックはなるべく控えていた。

 まずは基礎を固めるように、ダンジョンアタックの基点作成と、現状では唯一の命綱であろうポーションの実験を優先したのだ。


 2日目は、まず庭の雑草を全部引き抜いた。

 それからとにかくお湯を沸かし、地面がぐちょぐちょになることお構いなく熱湯をまいて雑草を根絶やしとする。

 ダンジョン入り口の整備だ。

 ポーションの使用期限と地上での使用が可能かどうかを確かめるように、ちびちびとポーションを服用しつつ進めた結果、雑草処理は僅か半日で終了した。爆速である。

 流石に入り口の扉が剥き出しなのはどうかと思い、父がソロキャンプで使っていたテントを引っ張り出し、それを勘だけで組み立てていく。秋水も母も妹もキャンプとかいう事柄に興味がなく、寂しそうに父がソロキャンプをしていたが、1回でもついて行けば良かったなと今更ながらに思う。そうすればテントの組み立てに1時間も使わなかったのに。

 スマホで検索しながらどうにかテントを組み立てたが、何か違う。なんか傾いてる。あと釘みたいなのが余った。

 傾いているのは熱湯散布でぬかるんだ地面がまだ乾いていないからで、余った釘みたいな何かはきっと予備分なのだろうと秋水は独りで納得した。

 あとはポーションを給水し、色々とネットサイトで色々ダンジョンアタック用品を注文し、下半身の筋トレを軽くして2日目を過ごす。

 ちなみに、ポーションプロテインも、ポーションで炊いた発芽玄米も、微妙に不味かった。硬水で作った感じというか、明確に味が悪いと言うよりも、コレジャナイ感が非常に強くて秋水の舌には合わなかった。

 もっとも、両方共にポーションとしての効果を感じたので、秋水はその不味さを許容することとした。

 食事で大事なのは栄養であり、究極的には効果である。許容出来る範囲の不味さなら、効能を優先するのが秋水のスタンスだ。

 母はゲテモノ喰いだと嘆いていたが。


 3日目は、ダンジョン1階、セーフエリア部分の整備に費やした。

 庭からの縦穴の大きさを測り、ぎりぎり畳が通せると分かったので家にあった古い畳を投げ入れ、使っていなかった小さな棚を持ち込み、非常食をいくらか持ち込み、時計を持ち込み、毛布やら座布団やらを運搬していく。

 そして岩場の上に棚を設置し、持ち込んだものを色々と並べていく。

 畳は岩場の上では安定感を欠くので、前日に抜きまくった雑草持ち込んで敷き材とし、良い感じに敷くことが出来た。

 それからポーションの噴水から微妙にポーションがまき散らされるのが気になっていたので、ホースを突っ込んだら丁度良くなった。

 気分は秘密基地作りである。

 本当であれば地上から電源を引き込みたかったのだが、あいにくそんなに長い延長コードがない。

 ダンジョン内は謎の原理により天井が光っているので明るく、冷気は下に溜まるはずだし太陽の光も届かないから一層寒いはずのダンジョンはこれもまた謎の作用により過ごすには快適な環境となっている。

 測ってみたが、室温は24度、湿度50%、快適の範疇内だ。

 冷暖房いらないならここで寝ても良いなと考えつつ、必要物品のメモにアイマスクと入力していく。昼夜問わず明るいというのも逆に問題である。

 昨日ネットサイトで注文した物以外で、他にダンジョンアタックに備えて何が必要かを考えながら、背中と腕の筋トレを軽くして3日目は終了した。


 そして、めでたく正月三が日が明け、行きつけのホームセンターがようやく初売りとなった。

 待ってたとばかりに秋水はデカいリュックを背負い、開店直後のホームセンターに突撃を仕掛けることにした。










 身を守る道具は手に取って確かめろ。

 父から教えられた言葉である。

 それは自転車のヘルメットだったり、筋トレ用のトレーニンググローブだったり、はたまたDIYの作業服だったり、身を守ると言ってもそれは多岐に渡るが、ダンジョンアタックの武器やら防具やらは正に身を守る物である。

 父の教えを愚直に守るというわけではないが、少なくとも武器と防具は自分に馴染む物を使うべきだというのは確かなので、それらはネットショップでは注文しなかった。実店舗で品物を手に取りながら、どう使おうかと考えるのはテンション上がるだろうから、楽しみを取って置いたとも言える。


 まずは防具売り場、もとい、作業服売り場をざっと見て回るが、あまり良さそうな物はなかった。

 確かに一般的な服よりは耐久性はありそうに見えるが、それはイコールで防御力と直結しそうな程ではない。あくまでも、一般的な服と比べて、である。

 そもそも秋水の欲しい衣服は、用途と言うか作業服全般の想定環境が違いすぎる。作業服は基本的に鋭利な物が人体を突き刺す勢いで襲いかかってくるという環境は想定していないし、その場合は身を守る装備を調えるよりも作業現場そのものを整えるべき状況である。

 元よりDIYで日曜大工的なことも多少行っていた秋水からすれば、作業服はそれくらいの品物であることは承知していたので落胆することはなかった。

 それに、防具に関しては別にアテがある。

 何か面白そうな物があれば良いな、くらいの感覚だったので、とりあえず作業服売り場をスルー。


 続いて作業服から地続きの小物コーナーを見ていく。

 ここでは作業ベルトに、それに装着出来る小物を入れのポーチを物色。

 思っていたよりもポーチ系は種類が充実していたので、それを選ぶのに時間が掛かった。

 小物を入れる部分は口が開いていた方がすぐに出し入れし易いが、激しく動いたときに中身をばらまいてしまうかもしれない。ドライバーなどの工具を差し込む部分も、固定の仕方によっては戦闘中の邪魔になるかもしれない。小さいものは邪魔にならないが、そうなると容量が少なくなってしまう。出来ればポーションを色々な所に分散して装備しておきたいので、ベルト以外に付けられるタイプはないだろうか。などなど。

 考えればキリがなく、品物選びもついつい熱が入ってしまった。

 なんだかんだ、これが楽しい。

 最終的には腰ベルトを2つ、ポーチ系を4つ選んだ。あとは実際に試してみるしかない。


 そして、工具売り場を訪れる。

 武器としてだ。

 殴るだけなら金属バットでも良いかと思ったが、使い易さと調達のし易さから、結局武器は工具にしようと落ち着いた。

 今までも工具売り場は何度も見ているが、武器として、という目的で見たことはなかったので、不思議と新鮮な気分であった。

 これは握り易そう、これは打撃力がありそう、これは取り回しし辛そう、などとヤベェ考えで一つずつ工具を見ていくと、ふと一つの棚に目がとまる。

 そこに並んでいたのは、現在秋水にとっては暫定主力武装であるバールが各種。

 今回の目当ての一つだったので、早速手に取って選びたい所なのだが、




「んー……んー?」




 そこに、工具売り場ではあまり遭遇しないタイプの少女が、バールを手に取って座り込んでいた。

 少女と言っても、秋水とは同い年である。

 同い年と断言出来るのは、その少女が単に顔見知り、同じ学校の同級生というだけだ。


「えーっと、バール……これじゃない」


 手にしていたバールとスマホを、難しい顔で交互にらめっこをしているクラスメイトを発見し、秋水は微妙な表情になってしまう。

 何と言うか、気不味い。

 別に彼女とは仲が悪いという訳ではない。

 ないが、そもそもにおいて秋水はクラスメイトは誰とも仲良くもない。基本的にぼっち野郎なのである。

 そうじゃなくとも、彼女と秋水はクラスでの立ち位置が全然違う。


 彼女はクラスでは人気者だ。

 腰までストレートに伸ばした黒髪で、重めな髪型から受ける印象とは逆向きに、そのメイクや服装は明るく、一目でおしゃれに気を遣っているのが分かる。その私服に対しては、ファッションに詳しくない秋水からは 「なんか派手な人だなぁ」 という糞野郎の見本みたいな印象しかないが、かわいい系の顔立ちをしている少女が、順当に可愛くおしゃれをしているのだ、普通に可愛いに決まっている。

 これで性格が悪ければケチもつくのだが、そんなことはなく、クラスでも友達は多く、クラス以外でもかなりいる様子だ。

 ケチをつけるとしたら学力の方だが、致命的な馬鹿ではないので大した欠点にもなりはしない。

 明るくノリよく元気よく、クラスの中心のような美少女。

 当然のようにおモテになる。


 一方、秋水はぼっちの根暗野郎だ。

 丸刈りで、中学生としては背が高く、デブではないが鍛えた筋肉で幅があり、人を殺したことがありそうな目つきの悪人面。

 ファッションセンスは幼稚園止まりで、今日の服装とて 『働く男』 で買い揃えた土方職人の方々が好みそうなデザインの作業着に、黒一色のベンチコートを引っかけただけという、イケメンと言うよりは法的な意味でイケない仕事に従事しているメンな感じである。

 友達がいないから、という理由も込みで、教室ではあまり喋らず、喋ったら喋ったで外見通りの低音の声色、色眼鏡を掛ければドスのきいた声で喋り出す、クラスでは隅に追いやられたヤバい奴。

 当然のようにモテずに青春は干涸らびている。


 接点がないのはある意味で当然だろう。


 誰か友達と来ているのかと辺りを見るが、彼女一人でも十分目立つというのだから、そもそもホームセンターの工具売り場で女子中学生が複数人でたむろしていたら目立つ。友達らしき人物が誰も居ないのはすぐに分かった。

 家族で来ているのかもと思ったが、周囲にそれらしき人は居ない。別行動をしているだけかもしれないが。

 さて、ここで困ったのは秋水である。

 秋水は出来れば学校関係の人とは学校の外では会いたくないと思っている人種である。なので、休みの日にクラスメイトと遭遇するのはバッドイベントだ。

 理由は単純。

 気不味い。

 この一言に尽きる。

 まあ、他にもホームセンターで買い物したいものがあるので、それを先に見て回るとするか。

 武器の選択はメインディッシュで、と彼女に見つかる前に秋水は踵を返そうとして。


「ん……うわっ!」


 何とも間が悪い。

 スマホから顔を上げた少女が、何を思ったのか振り返り、秋水と目が合ってしまった。

 なるほど、これが判断が遅いというやつか。

 美少女と目が合って秋水の抱いた感想は、判断の遅さは戦闘中では致命傷、という教訓であった。人間関係でも比較的致命傷を負いやすい秋水にとっては納得の教訓である。

 目が合った瞬間に驚かれるとか悲鳴を上げられるとかは日常茶飯事なので、ビクリと肩を震わせた少女の反応は大して気にせず、とりあえず秋水はぺこりとお辞儀をしておく。泣かれていないだけ全然セーフだ。


「こ、こここ、こんに、ちはぁ~」


 会釈に対して彼女は慌てたように立ち上がり、思いっきりドモりながらもちゃんと挨拶をしてくれた。目線が斜め上に逃げているが気にしない。

 同じくお辞儀だけで返されたらそのまま移動しようかと思っていたのに、まさか話しかけられるとは。


「おはようございます、渡巻さん。明けましておめでとうございます」


 改めて頭を下げ、秋水は新年の挨拶を口にする。

 そう言えば、年が明けてから新年の挨拶をしたのはこれが初めてだ。何なら親にも妹にもまだ言ってない。別に区切りや季節の挨拶を特別なものだと秋水は思っていないが、それでも挨拶なしは不味いなと今更ながらに思う。帰ったら言うだけ言っとくか。

 そんなことを考えながら秋水は頭を上げ、じゃあ自分はこれで、と改めて場を離れようと。


「あ、ああ、そっか、明けましておめでとうだったね! あけおめです! えっと、あー、む、むねまち、くん……だったよね?」


 会話広げようとしないで。

 秋水は思わず渋い顔をしそうになるも、自分の人相では相手を萎縮させかねないとぐっと堪える。早く別れたい。

 緊張のせいなのか、妙にデカい声で返してくる少女、渡巻 紗綾音(わたりまき さやね)も秋水に合わせるようにして新年の挨拶を返しながら改めてお辞儀をしてきた。やめて。

 いや気不味い。

 一方的に気不味い。

 何が気不味いって、絵面が気不味い。

 体躯的に大人に見える強面野郎に、150㎝もない小柄な美少女が怯えたようにぺこぺこ頭を下げているのだ。しかも全部事実なのがまたさらに気不味い。


「……ええ、はい、棟区 秋水です。奇遇ですね」


 怯えさせて申し訳ない気持ち半分、いっそ無視してくれという気持ち半分、それでも秋水は差し障りのないよう気をつけながら返事をする。


「き、奇遇奇遇! あはは、うん、奇遇! 棟区くんもあれかな!? 福袋目当てかな!?」


 工具売り場に来てるんだから目当ては工具に決まってるだろうが。

 ついツッコミを入れたくなったが、そう言えば店の入り口で初売りらしく福袋を売っていたことを思い出し、口から出そうになる言葉をぐっと堪える。

 秋水とは逆に差し障ってくれる会話を提供してくれる紗綾音に対し、バール見させてくれ、と頭の片隅で思いつつ、秋水はにこりと笑みを浮かべる。

 なお、にこり、の全てに濁点がつく程度の完成度。


「いえ、工具です」


「……ひぅぅ」


 今の台詞に怯える要素ないやろが。

 何故か縮こまる紗綾音を不思議そうに見てから、秋水は今頃になって紗綾音が手ぶらであることに気がついた。

 実用性重視の秋水からすれば本当にその容量で大丈夫なのかと心配するくらい小さいリュックを背負っているが、その手には未だ戻していないバールこそ握ってはいるものの、買い物カゴを持っておらず、買い物カートも近くにはない。

 ウインドーショッピングとかいうやつか。工具売り場で。女子中学生が。

 ガジェット類などを見るのは好きなので、秋水としては工具売り場を見て回るのは十分に楽しいが、女子中学生にしては、と言うと差別的かもしれないが、少なくとも紗綾音のようなタイプの少女が楽しめるような気はしない。これでロボットアニメを見てわーきゃー言うみたいな趣味があるなら別かもしれないが。

 改めて妙な所で遭遇したなと秋水が考えていると、何か思いついたかのように紗綾音がぱっと顔を上げた。


「あっ、て言うことは棟区くん、こういう道具って詳しいの?」


 急に飛び出してきた質問に、秋水は一瞬言葉に詰まった。

 日曜大工的なDIYをやる程度にしか工具を触ることがない秋水からすれば、自信満々に詳しいとも言えず、かと言ってDIYもしないぐらいの人と比べたら詳しいのは確かだ。

 完全に理解した曲線的に言えば「なんも分からん」と言える程度に中途半端な知識量である秋水は数瞬考えて、


「ええ、まあ、付け焼き刃程度ですが」


 どちらとも取れる発言で言葉を濁すことにした。

 いいえ、なんも分からん、と答えてさっさと会話を切り上げる案もあったが、その場合は「じゃあ何でこいつ工具売り場に居るんだよ」的な疑惑をもたれてしまう恐れがあった。

 見た目の関係で秋水が長物の工具を持つとカチコミに行く武装にしか見えないので、ちゃんとした理由で買いに来てるんですアピールは必要だ。実際にダンジョンへカチコミに行く武装を探しに来たので何も間違いではないのだが。


 そんな意味を込めて曖昧に答えたが、何故か紗綾音は、ぱぁっと顔が明るくなった。


 ああ、これ、話長くなるかもしれない、と秋水は直感的に悟る。

 直感とは馬鹿に出来ない。

 ぱちんっ、と両手を合わせて拝むようにして上目遣いで何故か近づいてくる紗綾音から、思わず秋水は一歩後ずさる。

 美少女との会話が何だというのだ。

 絵面がヤベェのだ。

 速く逃げたいと身構えた秋水に構わず、紗綾音は口を開いた。


「ならさ! ランパクとかいう道具って何か分かる!?」


「何ですかそのメレンゲ材料的な卵の白身みたいな名前は」



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ちなみに主人公は『休日に会いたくないタイプのクラスメイト』

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