2章:試行錯誤の冬休み

06『他人はよく怖がっているから』

 秋水は、猟奇的な趣味など持っては居なかった。


 別に世間に対して鬱憤が溜まっていた訳じゃない。

 ストレスフリーな生活など現代社会で送れるはずもないのだが、運動と睡眠でだいたいのストレスは気にならなくなる質である。

 学校でイジメを受けている訳じゃない。

 悪人面でガタイの良い秋水をいじめるほど度胸のある奴はいなかった。仲良くなろうと近づく奴もいなかったが。

 家庭環境は少しアレだが、現実は現実として素直に受け入れている。

 筋トレは趣味だが、格闘技の経験はない。それどころか殴り合いの喧嘩をしたこともない。


 外見はともかく、少なくとも内面的には平和的な一般人だ。


 そのはずだった。


 だが。


 殺しにかかる、殺しにかかってくる。


 死なせるつもり、死ぬかもしれない。


 殺すか、殺されるか。


 そこにルールもなく躊躇もない、単純なそのやりとりが、秋水にとって、最高に気持ちが良かった。











 包み隠す必要はなくなった。

 ポーションの実証実験という建前はサブタイトルへと降格し、ダンジョンアタックの目的はモンスターバトルへと切り替わった。


 あれからダンジョンの2階をかれこれ3時間程探索し、角ウサギとは5回遭遇した。


 5匹全部を殺した。


 進んだ道をスマホを使ってマッピングしていたので、進行速度そのものはのろのろとしていた。だが、歩き回った疲れや角ウサギと戦闘した疲労は休憩をせずともポーションを飲めば何とかなったので、探索速度としてはトントンと言ったところだろうか。

 今のところ角ウサギ以外のモンスターとは遭遇せず、2匹以上で襲いかかってくることもなかったのは、何と言うかゲームのチュートリアルのような感覚だ。

 角ウサギの行動は想定以上に単調で、メインの攻撃法法はやはり突撃だけなので、殺し合いも比較的問題なく……とは流石にいかなかった。

 つい先程遭遇した角ウサギのことである。


 角が足にぶっ刺さった。


 怯んだ拍子に追撃で腹を蹴り飛ばされて血反吐も吐いた。


 すわ致命傷。


 滅茶苦茶痛かった。


 そしてバールで滅茶苦茶にしてやった。


 これは出血多量でショック死するんじゃないかと思った頭は驚く程に冷静で、すぐにリュックの所まで這って行き、角が見事に貫通した傷口に汲んでいたポーションをどぼどぼとぶっかけ、普通に完治した。サブタイトルまで降格したポーションの実証実験は完了した。

 どうやらこのポーション、ペットボトルに汲もうと、時間が経過しようと、ポーションの噴水から離れようと、当然のように効果覿面のご様子。これがチートという奴か。現代医学の敗北である。

 汲んで1日経過するとか100㎞離れるとかはまだ実験してないが、何はともあれ効果があって良かった。

 なければ普通に死んでいた。


「ぐあー……腹がぁ……」


 それと引き替えに空腹感に苛まれることになるのだが、それは命あっての物種。

 予想していただけに心構えはしていたが、予想していたなら携帯食も持って来いよと自分で自分に腹が立った。いや腹が減った。食料を何も持ってこなかったのは失敗だった。

 空腹感を誤魔化すように、ペットボトルに残っていたポーションを一気飲みすると、疲労回復効果が即座に現れる。


「うへぇ、疲労感がなくなると、腹ペコ感がすげぇ……」


 誤魔化すどころか空腹感自体は悪化した。

 そう言えば午前中の時もそうだったなと思い出し、自分の学習能力のなさにがっくりしてしまう。学校の勉強はそこそこ出来るつもりではいたのだが、なるほど、勉強が出来るのと地頭が良いのは別問題なのだと実感である。

 減った腹を擦りながら、秋水はスマホのメモにたぷたぷと反省点を入力していく。


・手書きのメモ用紙の方が良い? ← 検討。

・ポーションは汲んでも効果あり。 ← 地上、遠距離、長時間経過、加熱、冷却、混ぜる、を検証。

・ポケットに入る容器ですぐに取り出せると応急処置がし易い → リュックに入れる2リットルのと、ポケットに入れる小分け用で用意した方が良い。

・固いフタだと手を負傷すると詰む。 ← ガラス瓶なら割れる?

・バールはもっと長くて太い方が良い。 ← 取り回し確認。バール二刀流とか。

・ドライバーは正直いらない。 ← 持ち運ぶのは不便じゃないから、サブウェポンで。

・ナット投げても何のダメージもありゃしない。 ← 軽いから。重いのなら?

・リュックだと戦う前にモタつく。 ← ワンショルダーだとさっと外せるのでは?

・武器類を体に固定する何かが欲しい。 ← 工事現場の人のウエストポーチみたいなのを探す。

・ポーション使うと腹が減る。 ← 携帯食が必要。

・携帯性のプロテインバーと、吸収性のドリンクとどっちが良い? ← 検討。


「んー、他には……」


 思いつく限りの反省点を色々と打ち込んでいき、やはり空腹感がキツくなったので今日のダンジョンアタックは切り上げることにした。

 携帯食なしは痛恨のミスだった。

 それに角ウサギの角タックルを喰らったのは、油断だったのかもしれない。

 色々後悔を思い浮かべつつ、手書きでマッピングした地図を見つつ、秋水は来た道を引き返す。


 帰る途中でさらに1匹の角ウサギと遭遇して、空腹からのモタつきで蹴りを喰らって左腕を折られたが、意外と右手だけでボコボコにして殺せた。


 火事場の馬鹿力なのか、最後は異様に重たい一撃だったのが印象に残った。











 滅茶苦茶痛いが、滅茶苦茶楽しい。


 腹が減ったが、それでも楽しい。


 痛いし苦しいが、それすら楽しい。


 命のやりとりが、途轍もなく楽しい。


 どうせ誰も見ていないんだ、本性を隠す必要もない。


 死にそうが楽しいし、遠慮なくぶっ殺すのも楽しい。


 ああ、ダンジョンが楽しい。




「いやー……気持ちいぃー……」




 反省点が全部、これからもダンジョンアタックを続けること前提なのは、無意識だった。










「いや腹減るて」


 2回目の致命傷をポーションで治したら、もはや空腹が限界MAXとなり、ゾンビのようにダンジョンから梯子を使って庭へと這い出る。本日2回目である。

 死ぬ死ぬ。餓死る。

 覚えた。携帯食未携帯はガチで駄目なやつだ。

 死んだような顔でバナナを生卵とプロテイン牛乳割りで流し込み、ほっと一息ついてから、プロテインは牛乳じゃなくてポーションで作るべきだったと後悔した。

 時計を見れば午後の5時前。

 今から夕飯を作ろうかとも思ったが、どうにもこうにも面倒臭い。ポーションのお陰で肉体的には疲れている訳ではないが、あれだけ楽しいダンジョンアタックをした直後だと、いまいち気分が乗らない。

 かと言って外食しようにも、今日は元日。ここは過疎地でないものの、都会という程でもない。元日から元気に営業している飲食店は限られるし、飲食店じゃなくても大半の店は正月3が日は休みなのだ。

 となると、行ける所など限られている。


「んー、コンビニ行くかー……」










 家の近くのコンビニに入った瞬間、ハズレだ、と秋水は即座に悟った。

 正確には、ハズレだ、と思われることを悟った。


「いらっしゃ……ひっ!?」


 元日で暇そうな店内に、見知らぬ女性店員の短い悲鳴がいやに響く。

 暇そうとは言えども客が一人も居ない訳ではなく、その店員の悲鳴に他の客が顔を上げる。

 店内をぐるりと見渡せば、近所だというのに顔見知りは誰も居ない。

 どうやら店内を見渡したのが睨み回しているとでも思われたのか、顔を上げた数名程の客は、秋水の姿を見るとそそくさと視線を下ろしていく。

 初対面の相手からは、よくある反応である。

 顔見知り程度の相手からでも、よくある反応である。

 自身の外見が典型的な悪人寄りであることを自覚している秋水は、改めてハズレを引いたなと思いつつ、小さなカゴを手にして目的のスペースへと足を進める。


 経験上、これは気不味いパターンだ。


 秋水の目的は食料品。

 おにぎり、総菜、ついでに携帯食としてのサラダチキンやプロテインバーなど。

 運が悪いのは、入店直後で挨拶と悲鳴をハッピーセットにしてくれた女性店員が、総菜コーナーの品出しをしている最中であったこと。

 悲鳴などなかったことにして、素知らぬ顔で品出しを続けるとか別の業務に逃げるとかをすれば秋水としても一安心なのに、急にヤクザが来店したかのように、目に見えてその店員はあわあわとパニックになっている。

 なよっとしている、と言ったら言葉が悪いが、何とも気が弱そうな感じがする小柄な女性店員は、秋水の風貌に驚いたようである。

 胸に研修中のプレートがあったことから、どうやら新人の様子。節約の観点からあまりコンビニを利用しない秋水は、この新人さんがどれだけ新人なのかは知らないが、もしかしたらガラの悪い客の対応は初めてなのかもしれない。それに年頃も秋水よりも少し上くらい、高校生程度に見える。人生経験的にも接客慣れはしていないようである。

 ハズレだ。

 自分のせいで店の雰囲気が悪くなるのは、秋水としても望む所ではない。

 ちなみに、別に秋水はその店員を睨み付けてなどいない。目つきは元々で、悪人顔は生まれつきである。

 プロテインバーをお菓子コーナーに置いていてくれたら良かったのになぁ、と店内の配置レイアウトに軽く不満を覚えつつ、秋水は総菜コーナー、悲鳴を上げてくれた女性店員の横に立つ。


「失礼」


「うえっ!? え、あ! はいっ!」


 一言声を掛けると、その店員は飛び退くようにして棚の前から身を引いてくれた。

 怯えられることには慣れているが、こうもあからさまな反応をされると流石に傷つく。

 若干しょんぼりしつつ、秋水は夕飯予定の商品をテキパキとカゴの中に投げ入れる。内容の吟味はしない。いや、本当は成分表示をじっくり見たいのだが、ビビり店員さんのためにもさっさと買い物を終わらせて、さっさと出て行くことを優先した。どちらにせよ今日はPFCバランスがどうのとかは気にせず、とにかく食べたい。

 多めに食料品をカゴに突っ込み、改めて秋水は女性店員に向き直る。

 『渡巻』 という名札をつけた彼女は再び秋水に睨まれ(睨んでない)ビクリと体を震わせた。反応が素直すぎて悲しい。


「ありがとうございました、どうぞ」


 それでも場所を譲ってくれた店員には、丸刈りの頭をぺこりと下げてお礼を一つ。

 年齢立場に関係なく、働く人と働く金には敬意を払う。両親から教え込まれた考え方の一つである。

 そして、敬意を払う、を行動として示すのは、怖い顔と思われがちの秋水からしてみれば、人間関係の潤滑剤であり、対人関係のクッション材だ。


「あ……は、はい……」


 そんな秋水の礼の言葉に、女性店員はあっけに取られたかのようにぽかんとしながらも、小さな声で返事はしてくれた。

 子供相手じゃなくて良かった。

 泣かれるのは普通に心苦しいのだ。両手両足の指の数程度には経験があるが。

 それ以上店員の態度に思う所もない秋水は、さっさと会計して退散するかとレジへと向かう。




 まあ、その会計をするのは渡巻というその店員が行うのだが。




 気不味い。

 ほら見ろ、やはりパターン通り。経験則は大半の状況で通用してしまうから経験則なのだ。

 何度も繰り返すが、今日は1月1日、楽しいお正月。店員が少ないのは分かっているが、まさかこの人しかいないとは。

 商品のバーコードを読み込ませていく店員の手際は、おっかなびっくりやっている分を差っ引いてもあまり手慣れている様子はない。

 深夜でもないのに新人さんがワンオペ業務とか大変だなぁ、こんな客の対応もしなきゃいけないし。

 カウンターとレジ機を挟んで店員と対峙しながら、秋水は他人事のように考える。セルフレジを導入してほしいものだ。


「……あ、あの」


 と、店員から言葉が投げかけられた。

 ぼーっとしていた。

 おずおずと喋り掛けてくれた店員に、秋水は可能な限りの笑顔を浮かべて切り返す。

 なお笑顔の完成度。


「ひっ」


「レジ袋はいりません。箸もいりません。支払いは電子マネーの……」


 0円スマイルに何故か怯えてくれた店員をスルーして、秋水は言われるであろう質問をすらすらと潰していく。

 それに対して店員はこくこくと頷きながら対応してくれる。秋水からすればマニュアル通りの対応をしてくれるだけで十分なのだ。

 支払いを終わらせ、急いでマイバッグへと商品を詰め込む。一息ついた腹具合がそろそろ息切れしそうだ。


「あ、あのっ」


 再び店員からの声。

 はて、と秋水はサラダチキンをまとめて掴み上げた格好のまま顔を上げる。何か会計ミスっただろうか。

 見ると、緊張した様子の店員が、秋水とは逆にがばりと頭を下げるところであった。


「失礼な態度、申し訳ありませんでした!」


「ああ……」


 小動物を思わせる小柄な店員の外見からしては、随分と大きい声で謝罪の言葉が飛び出してきた。これで声がひっくり返ってなければ良かったのだが。

 この人、良い人だな。

 何に対しての謝罪なのかを考える前に、直感的に秋水はそう感じた。

 見れば僅かに店員がぷるぷるしているのは、緊張なのか恐怖なのか。


「いえ、大丈夫ですよ」


 小さく笑いながら、秋水は袋詰めを再開する。

 確かにアルバイトをしている時点で中学生である秋水よりは年上だろうが、それでも精々高校生程度であろう気弱そうな少女が、自分よりも頭一つは大きくガタイの良い暴力団関係者みたいな男に頭を下げるのは、随分と勇気がある。大した度胸だ。

 荷物を入れ終わったマイバッグを肩に掛けてから、怖ず怖ずと顔を上げる店員に笑顔を向ける。

 なお笑顔の完成度。




「慣れてますから」




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