1章:ダンジョン見つけました

01『草むしりは頓挫したままである』

「……なんだ、これ?」


 1月1日、新年早々、雪が降りそうな程に寒い日、ジャージに軍手という寒そうな草むしりフォームをした少年が、ぽかんとした表情で呟いた。


 小さく古い一軒家。

 そこにある3畳ほどの小さな庭。

 雑草生え放題パラダイスなのも如何なものかと思い立ち、寒い中だが草むしりをしようと初めて10分、むしった場所が悪かった。


 何か、石の扉が出てきた。


 最初その扉が見えたときは、見間違いだと思った。

 庭の中だ、平たい石ぐらい転がっているさ、と。

 人一人が立てるくらいに雑草をむしったときは、明らかに土の地面じゃないのが分かった。

 なるほど、ウチの庭は実は石畳だったのか、と自分を納得させようかと思ったが、むしった雑草に目をやれば、なんだこの雑草、お前この石の上に直接根を張って覆い茂っていたのか、というツッコみが滲み出てきてしまう。

 さらにむしれば、その石畳らしきものはこの一角だけっぽいのが分かった。

 雑草の下にちゃんと土の地面が見えたときは、流石にほっとした。そして、土の上に生えている雑草を抜く感触と、石畳らしきものの上に生えている雑草を引き抜く感触が全く同じだったことに、一拍遅れてぞっとした。

 そして10分。

 草むしりが頓挫した。


 石畳じゃない。


 これ、扉だ。


 地面に備え付けられた、上に持ち上げるタイプの扉だ。

 床下収納かと思ったが、ここは床じゃねぇなとセルフでツッコむ。

 マンホールにしては、四角いし、無骨だ。鉄製じゃなく石製というマンホールなどそもそもあるのか。それに下水にしろ貯水にしろ、本当にマンホールだとしたら、それがある以上はこの家は公共の区画になってしまうんじゃないのか。

 一番無難に考えたら、成形された石の板が地面に埋め込まれているだけだろう。

 まるで土の上に生えているかのように、雑草がこの石の上に直接生えていなかったら、という条件での一番無難、だが。


「んあー……」


 雑草を改めてゴミ袋に突っ込み、一度大きくストレッチ。

 直感が告げていた。


 たぶんこれ、ヤバい代物だ。


 理由はない。

 理屈もない。

 ただの直感だ。

 だが確信でもあった。

 15年と半年程しか生きてはいないが、それは少年の積み重ねた経験が思考という経路を無視して弾き出したものである。

 縦横90㎝くらいだろうか、3畳程しかない庭に、この石の扉は目立つ。目立つはずなのだ。

 それが今まで気がつかなかった。

 確かに、そもそも庭をあまり活用していなかったという点はあるだろう。雑草だって生え放題だった。だが、全く使っていなかった訳ではないはずだ。それに、雑草が生えていようとも、上を歩いたら明らかに感触が違う。

 それに気がつかない、はずがない、はずだ。

 実際に気がつかなかった訳だが。


 だから、これ、ヤバい。


 色々と考えて、少年の語彙力は死んだ。

 ついでに思考力も道連れに死んだ。

 だからだろう。


「よっこいせーっ!!」


 少年、棟区 秋水(むねまち しゅうすい)が不用心に扉を開いたのは。










「……なんだ、これ?」

 ついぞ数分前に呟いたことを、再び秋水は口にした。

 ジャージと軍手はそのままだが、自転車のヘルメットと蛍光灯を追加装備して、秋水は不思議な場所に立っていた。


 扉の下には垂直に穴があり、ご丁寧にも梯子が用意されていた。


 防空壕という単語が頭を過ぎりながら、とりあえず追加装備だけは持ってきて、特に迷うことなく秋水は梯子を使って下へと下りる。

 梯子がある時点で人工的な代物だし、古くても崩れているようには見えなかったから、多分そこまで危険ではないだろうという判断である。最低でも10年以上使用されていない時点で経年劣化がどうだとか、空気よりも比重の重い有毒ガスが充満しているだとかという可能性はぶっちゃけ頭になかった。

 下りたのは4mくらいだろうか。

 ビル1階分よりは少し長いくらいだ。終着地点は思ったよりも近かった。


 そしてその終着地点は、よく分からない所だった。


 秋水はぐるりと辺りを見渡す。

 洞窟である。

 ゴツゴツとした岩肌が剥き出しの、広さは6畳程、高さは3mくらいの洞窟だ。

 なんで洞窟がウチの地下にあるのか、とか、なんで地下洞窟の方が地上の庭の倍ぐらい広いのか、とか、天井の高さと梯子を下りた距離を差し引いて、ウチの家は地盤1mの陥没ギリギリのやべぇ物件だったのか、とかのツッコミを秋水はぐっと堪えた。考えてしまった段階で堪えられていないのでは、と言ってはいけない。

 深呼吸を一つ。

 その後に、ポケットに突っ込んでいた懐中電灯を取り出して、取り出してしまってから、再び洞窟を見渡す。


「なんで明るいねんっ」


 流石にツッコミを堪えられなかった。

 取り出した懐中電灯は、まだスイッチを入れていない。それなのに洞窟内を見渡せた時点で、そこを疑問に思うべきだったのかも知れない。


 何故か知らないが、洞窟内は明るかった。


 足下を確認してみれば、ぼんやりとした影が広がっている。

 影の出来方に首を捻ってから天井を見上げれば、全体的に天井そのものが光っていた。

 照明器具は確認できない。

 天井が光っている。

 と言うか、岩が光っている。

 近未来的な科学技術による照明と言うより、ファンタジー的な光景に思える。


「んで、こいつは……」


 自然光に近い不思議な光源が理解出来ないまま、と言うよりも理解しようとするだけ今は時間の無駄だと判断してから、視線を下ろす。


 壁面から、さぁぁ、と水が噴き出していた。


 なるほど。

 噴水か。

 無理矢理自分を納得させるように考えてから、それでも秋水は頭を抱える。

 天井が光っているのは勿論ながら訳が分からないが、これが放射線の光とかプラズマスパークの光とか言わない限り、訳が分かった所で害はないだろうから別に良い。

 だが、壁から水が噴き出しているのは、訳が分かるし、どう考えたって害である。


 その壁の位置、上が自分の家だからだ。


 え、ウチの地盤1m、かつそんな近距離まで地下水貯まって、既に漏れてんの?


 知りたくなかった現実である。

 この洞窟の光る不思議な天井が崩れたら、直上にある秋水の家は仲良く一緒に崩れ落ちてしまう。そして地下水で水浸しになる。

 その地下水が噴き出すようにして漏れ出しているということは、壁の向こうの地下水は圧力が掛かっているということだ。何の圧力が、どれくらいの力で掛かっているかは分からないが、滲み出す、ではなく、噴き出す、ように出ている以上、それなりの圧力だろう。

 その圧力が上に向かって地盤を突き破れば、家が噴水で破壊される。

 よしんば重力だけの圧力だとしたら、それはつまり噴き出している位置より上に水面があると言う意味だ。


「……ウチの地盤、マジで終わってね?」


 確かにボロ家だとは思っていたが、こんな時限爆弾付きだとは流石に思っていなかった。手抜き工事がどうとか言うレベルではない。

 抱えた頭を上げて、げんなりとした表情で再度噴水を確認する。

 床は水捌けが良いのだろうか、噴き出しているその水で床が浸水しているということはなく、水は岩肌のそこに染み込んでいる。


 よくよく見れば不思議な光景だ。


 水の勢いは確かにそれほど強くはない。キッチンの水道をマックスで出しているのと同程度だろう。

 だが、その水を全て吸い込み捌けてしまうと言うことは、この床はそれだけ吸水量が高いのだろう。

 それはイコール、水を入れるだけの隙間があると言うことで。


「つまりウチの地盤、軽石か何かってこと?」


 再び頭を抱えた。

 この少年、家の地盤のことしか心配していない。

 正直、梯子を下りるときは未知への冒険的なノリでドキドキしていたが、今は恐怖でドキドキである。


「引っ越しの打診するか? 叔母さん家にでも、って絶対嫌な顔するよなぁ。つーかこの家どうすんの、売れんの? 役所に相談した方が良いのか? いや、どっちにしてもまずは叔母さんに連絡を……あー! 母さんいたらなぁ!」


 頭を掻き毟りながら独り言ちる。

 秋水にとって、こういう時に頼りになるのは母であった。少なくとも父は不測の事態には弱いタイプで、今の状況では役に立たないのが目に見えている。

 だが、どちらにせよ、今は両親そろって不在だ。

 不在の両親に変わって面倒を見るはずの叔母がいるが、彼女はまず秋水の面倒など見ない。正確には、仕事が大好き過ぎて、それを阻害してくるプライベートな問題は100%嫌な顔をする。相談した所で、自分で何とかせぇや、という返事がリアルに想像出来る。叔母は関西弁など喋らないが。

 ならば役所に相談を、と思ったが、今日は新年初日、正月で元日だ。何なら午前中なので、正月で元日で元旦だ。

 役所、閉まってる。

 しかも楽しい連休中。

 ならば警察、と考えて、渋い顔になる。

 警察は苦手だ。可能な限り頼りたくない。

 うーん、と秋水は小さく唸った。

 となると、結局は叔母の言う通り、自分で何とかするのが一番手っ取り早い。言う通りも何も幻聴だが。


「まずは調査……だよな」


 そうしよう、と一度頷く。

 避難という選択肢は秋水の頭になかった。

 とりあえずは写真か動画を撮ろう。その方が役所に説明するにしても、スムーズに事が進むはずだ。

 となると、スマホが必要だ。

 そう判断して、秋水は梯子の方へと振り向いて。


 ぴたりと、固まる。


 扉があった。


 玄関程の大きさか。

 芸術方面には明るくない秋水には、いまいちよく分からない絵が刻まれた、石の扉だ。

 白っぽい洞窟の岩肌とは違い、その扉の石は黒く、金属などの装飾こそされてはいないが、重厚感があり、存在感がデカい。

 そんな扉が、洞窟にあった。


「…………」


 理解すると共に、鳥肌が一斉蜂起。

 いやいや。

 いやいや、いやいや。

 言葉にならないとはこのことか。

 噴水とは正反対側。

 梯子のすぐ近く。


 さっきまで、そこはただの岩肌だった、はずだ。


 そのはずだ。

 だった、よな? と若干弱気になってしまうものの、直近の記憶を探ってみても、やはりその扉はなかったはずだ。

 何回この洞窟を見渡した。6畳程の空間だ。余程の節穴アイだとしても、その扉を見落とすのは逆に至難の業だろう。

 そもそも梯子の近くである。普通なら下りている段階で見ているはずだ。

 はず、なのだ。


 だが、扉が、ある。


「……石に雑草生えて、岩が光るんだ。いちいち驚いてたらキリねぇか」


 自分に言い聞かせるように、秋水は呟いた。

 それから大きく息を吸い、短く吐く。

 庭には変な入り口。

 下りた地下には洞窟。

 原理不明の光る岩。

 噴き出している地下水。

 地盤沈下の危機。

 さらには変な扉が忽然と姿を現す怪奇現象。

 新年早々なんて日だ。


「おもしれぇ」


 知らず知らず、秋水の顔には笑みが浮かんでいた。

 足を動かし、進む。

 梯子の方ではない。扉の方に。

 避難という選択肢は、変わらず頭にはない。現実味のない現象に、危機感が麻痺しているのかも知れない。

 黒っぽいその扉に刻まれている文様は、やはり秋水には見覚えのないものである。

 人らしき絵に、犬らしき絵に、他にはなんか良く分からない化け物達の絵ばっかりで、そいつらが仲良く踊っているようにも見えなくないし、乱闘騒ぎを起こしているようにも見えなくない。少なくとも秋水の感性では、辛うじて人間だと見える奴が、周りの化け物にボコボコにされているようにしか見えない。

 その訳の分からないイラスト的な彫刻とは別に、扉の上部には何処かの国の文字らしきものも刻まれていた。

 日本語ではない。

 英語でもない。

 これもまた秋水には見覚えのない文字であり。


「……『ここより先は善意で舗装されている。悪意の欠片は一つもなし。故に楽園からはほど遠く』」


 知らない文字を読めた所で、そろそろ驚く必要もなくなった。

 何ならば、文字が読めるついでに意味も理解出来るくらいの特典をくれないかな、と文句のような不満が先に湧いたことに自分でも笑ってしまう。


「要は、この先地獄ってことね」


 だとすれば、それは庭の扉の方に書いておくべきだったな。

 そんなツッコミをいれながら、秋水は扉に触れ、軽く押し込んだ。

 ずっ、と重い音。

 動く。

 いや、軽いな。

 重厚感のある見た目とは裏腹に、扉は軽く、動きは非常に滑らかで、指だけでも開きそうな程であった。

 まあ、開くのであれば問題ない。


「さぁて、鬼が出るか蛇が出るか」


 笑みを浮かべたまま、秋水は思いっきり扉を開け放った。











 先にネタバレをしておこう。


 出たのはウサギだった。




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秋水(しゅうすい)

①秋の澄みきった水のこと。俳句での秋の季語。

②局地戦闘機の名前。

③曇りのない、よく研ぎ澄まされた日本刀のこと。

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