ウチの庭にダンジョンがあります

しろんすく

プロローグ『少年にとっての日常』

 築70年。

 平屋。

 2DK。


 


 16歳になった少年が独りぼっちで住む家は、良く言えば味わい深い、悪く言えばボロい、そんな感じの一軒家である。

 他にも語れるスペックはもちろんある。

 大通りにこそ面していないが、バス停が近く交通の便は良好だ。少し歩けばコンビニもある、ほんの少し寂れているが。

 近所も似たような築年数の家が並び、その築年数相応の人が暮らしており、ご近所付き合いの最大の目的は生存確認と揶揄される程度に近隣の人との付き合いがある。その逆に、そんな年代の人がメインなものだから、施設に入所しましたからの幽霊屋敷になりました、というコンボが成立する程度に過疎っている。

 家自体も少年が生まれる前にリフォームを行われていて、外観は木造の旧式然としているものの、内側は現代的な洋式テイストである。流石に20年程前のリフォームなので、現代的といってもたかが知れてはいるが、少なくとも雨漏りもしなければ隙間風もなく家鳴りもしない。

 両親は駐車場がないとかせまいとか古いとかボロいとか、何か色々言っていた気がするが、少年が産まれてから今までこの家で暮らしていて、少なくとも住む分には不自由がないと思っている。

 何なら住み慣れている分、気に入っている。

 外観がボロいのは同意するが。


 そんな家だが、少年にとっては密かに自慢出来るものがある。


 小さいながら、庭があるのだ。

 車も駐められない小さな庭だが、少年にとっては自慢の庭だ。

 もともと何の変哲もない庭だった。手入れされずに雑草だらけの庭だった。両親からもなんの活用もされていない庭だった。少年だって元から好きなわけでもない庭だった。

 だが、今では自慢の庭である。

 柵をDIYで修理して、雑草も抜き、土も均し、キャンプ用のテントを立てて、虫対策や雑草対策で1週間に1度熱湯をぶちまける、もはや本体の家の方よりも愛情を注いで手入れしている庭である。


 何でそんなに庭が好きなのか。


 秘密基地があるからだ。


 男の子が大好き秘密基地である。

 テントのことではない。

 それは入り口だ。

 庭に立てたテントの地下に、少年にとっての秘密基地がある。

 それは色々あって独り暮らしとなってしまった冬のこと、少年が見つけてしまった秘密基地であり、今ではすっかり虜になっている自慢の秘密基地である。


 その秘密基地は、迷路のように何処までも広がっていて。


 地下なのに明るく。


 適度に過ごしやすく。


 不思議な現象が平然と起き。


 魔法のような事が出来る。


 そして化け物が平然と闊歩していて。


 見つかれば容赦なく襲いかかって来て。


 普通に怪我をして。


 何なら死にかけたことも何度かあって。


 遠慮なく殺し合いが出来る。


 ダンジョンである。











 棍棒を振り上げて襲いかかってきた体長2mは超える豚人間、オークと勝手に呼称している化け物の懐にするりと滑り込み、まずは挨拶代わりに片手斧をその首に叩き込む。


「脆ぇな、そいっ!」


 乱暴に吐き捨てると共に、叩き込んだ斧を力業でそのまま振り抜き、オークの首の半分を強引に切り裂いた。

 そしてオークが叫び声を上げる暇すら与えず、刃を返して残った首を刎ね飛ばす。

 1秒にすら満たない連撃で化け物を絶命させ、頭のなくなったそれを今度は斧の背で弾き飛ばし、一息入れることもなく、ライディングジャケットを纏った筋肉質の少年は地面を蹴った。

 その先は、またオーク。

 数は残り5体。

 ただでさえ物騒な顔つきをしている少年の顔には、獰猛な笑みが浮かび上がっていた。


 片手斧、なんて格好をつけた言い方をしてるが、その実は薪割り用の斧である。

 キャンプ用品のようなちゃちな斧ではなく、実用性重視の重厚な作りをしているが、その斧は魔法の力が宿るようなファンタジーな武器ではないし、伝説の職人が鍛え上げた伝説の一品でもない。確かに良い代物で、それなりの値段はするが、逆に言えば金を払えば店で買える普通の斧だ。

 薪は割れるだろう。

 だが生物の、しかも並の人間の倍は太いオークの首を2発で切断は普通なら出来ない。

 そんな斧で、今度はオークの脳天をかち割り、胸元まで斬り下ろす。


「あと4つ!」


 続けざまに引き抜いた斧を振り上げて、次は横から襲いかかろうとしていたオークの足目掛けて片手斧をぶん投げる。

 とんでもない速度で牙を向いた斧に反応することも出来ず、そのオークは右膝へもろに喰らってしまう。回転していた斧は運が良いのか悪いのか、刃の部分が当たりはしなかったものの、オークの膝から鈍い音が響く。


 それを無視し、少年は腰に佩いていた長短2振りの鉈をすらりと引き抜き、反対側のオーク達へと襲いかかる。


 ご覧の通り、化け物が人間に襲いかかる構図ではなく、人間が化け物に襲いかかる構図だ。少年がまともな人間かどうかは横に置くとして。


 オークは少年の速度に追いつけていない。

 それはそうだろう。

 何せ少年はその気になれば100mを2秒で走れる。

 更には、その速度に振り回されることなく、それに準じた速度で身体を動かせる。

 単純に速い。

 そして、速度と共に膂力が強い。


 刃渡り15㎝程度の鉈で斬り上げたオークが、ゴムボールのように重力に逆らい吹っ飛び、3mはあるダンジョンの天井に叩き付けられる程度には。


「やばっ、変な音した!?」


 少年の速度と腕力に、手にしていた鉈の持ち手から悲鳴が上がり、その鉈の値札が頭にちらついて少年の口からも悲鳴が上がる。

 この鉈、斧より高いのだ。

 斬り上げるべきではなかった、突き刺すべきだった。


「くそったれ俺3つ! よく考えろ俺2つ!」


 自責の念と反省の心を含め、隣のオークの土手っ腹に刃渡り30㎝の長い鉈、と言い張らないと銃刀法に引っかかる刃物を、右腕だけで軽々と根元まで突き刺し、平行して左手にしていた短い方の鉈を丁度天井に激突した所のオーク目掛けて投げ飛ばす。

 化け物を凌駕している化け物の膂力を示すかのように、長い鉈でぶっ刺されたオークの腹は勢い余って破裂して、的当てゲームとなってしまった方の頭は見事に砕けた。

 そして腰に付けていた小型のケースから、じゃらりと金属片、と言うより鉄ボルトと呼ばれるネジを幾つか左手に取り出し、無言で振り向いて投擲。膝に矢ではなく斧を受けて崩れ落ちるオークがコース上にいる。

 さらに反転し、未だ無傷ながらも目を白黒させているオークに向かって、少年は笑顔で長鉈を振りかぶる。


 最初のオークの首を刎ね飛ばしてから、ここまで5秒以下。


 未だ状況について行けていないであろう獲物の首に鉈を突き立て、袈裟懸けに切り捨てる。先程短い方の鉈の教訓はどうしたのか。そして後ろからは散弾銃の如く鉄ボルトを肉に叩き付けられる鈍い音。

 その体格から刃渡り30㎝とは言えども両断まではいかないが、十分なる致命傷を与えたことを確認し、再び少年は振り返る。


「あと1つ!」


 言うが早いか地面を蹴るのが早いか、鉄ボルトの幾つかが身体にめり込んでいた最後のオークに向かって少年は駆けだし。


 オークの分厚い胸に向かって、ドロップキックをぶちかました。


 時速180㎞少年の、速度と体重と脚力が乗ったドロップキックである。

 結果は言うまでもない。


「そんでクリアぁ!」


 蹴り飛ばすどころかオークの上半身を丸ごと爆散させるのとほぼ同時、少年は腕時計のスイッチを素早く押そうとし、そのスイッチから指を滑らせて慌てて改めてスイッチを押し直す。

 そして腕時計へと視線を落とすと、ストップウォッチモードの秒数が何故が元気に稼働しているのを見て、ぎょっとした表情で3度目のスイッチ。カウントが止まるのを確認する。


「……うん、今のモタついたから、マイナス1秒くらいかなぁ」


 腕時計には 『00′07″22』 の文字。それを誰に言い訳するでもなく、さらっと6秒22と認識し直す。不正はない。

 化け物6体に7秒と少し、少年的には6秒と少し。

 どちらにせよ、1体につき1秒と少しだ。

 そんな瞬く間に、体長2mを超す豚顔の巨体を6体、碌な反撃も許さず、ほぼほぼ一方的に虐殺した。

 うっすらと笑みを浮かべながら、少年は安物の腕時計を操作して、ストップウォッチのモードから通常の時計へと表示を切り替え、小さく溜息を一つ。


「んー、やっぱオーク相手じゃ準備運動レベルだなぁ」


 AM7:15

 時間を確認した後に、少年はぼそりと不満を口にする。

 改めて蹂躙し終えたオークの残骸に目をやれば、斬り裂いた、もしくは炸裂させた傷口からきらきらとした光の粒子を噴き上げつつ、ゆっくりと姿が薄くなっている。赤黒い生物的な血は流れていない。あえて言うなら、光の粒子が化け物共の血液か。

 生物学的な視点からオークのことを研究しても面白いかも知れないな、と少年は一瞬考えたものの、そのためには生物学を学ばねばならないこと、そして自分の目的が学問ではないことを考えて、やはり面白くなさそうだとすぐに考えを翻す。

 実験動物的に見てしまう段階で、オークはもはや少年を脅かすモンスターという認識から外れていた。

 最初にオークと遭遇した時は1体殺すのも精一杯で、しかも棍棒でぶん殴られて骨折までした事もあると言うのに、今では朝のラジオ体操レベルで複数体まとめて殺戮できてしまうレベルである。時の流れは悲しいものだ、まだ1ヶ月も経ってないが。

 再び少年は溜息を一つ吐く。浮かべていた笑みは消えていて、残念そうな顔であった。


「週末はそろそろ次の階層に進むとするか」


 足下に転がっていた斧を拾い上げながら、少年はつまらなそうに独り言ちる。

 オークはもはや少年の敵ではない。

 殺し合いなど成立しない。

 一方的な鏖殺。


 それは、少年としては楽しくもなんともなかった。


 この秘密基地は、このダンジョンは、階層が重なるように出来ていて、地下へ地下へと伸びている。

 下へ行くと、新しい化け物が出てくる。

 新しい化け物は、それまでの化け物よりも単純に強い。

 もしかしたら次の階層で出てくる化け物は弱くなっているかも知れないが、少なくとも今までは下に降りれば敵は強くなっていた。経験則でしかないけれど、マンネリの脱却をするためには、新しい環境と、新しい敵が必要である。

 強い化け物が必要なのだ。


 倒すか、倒されるか。

 殺すか、殺されるか。

 次の一手を考えて、相手の急所を見極めて、遠慮なく全力で暴力を振り翳し、容赦なく暴力が応酬される。


 痛い。


 苦しい。


 辛い。


 死ぬかも知れない。


 そして、楽しい。


 最初にオークに遭遇した時のことを思い出す。

 その前にゴーレムと遭遇した。ゴブリンと遭遇した。コボルトと遭遇した。スライムと遭遇した。角ウサギと遭遇した。

 今でこそそれぞれ雑魚である。

 だが、最初は楽しかった。

 楽しかったのだ。


「そうだな、やっぱ進むとするか」


 再び少年はうっすらと笑みを浮かべて呟いた。

 次に進となると装備の見直しが必要だ。斧と鉈を点検して、今着ているライダージャケットやヘルメットも手入れして、ドロップキックでそろそろ三途の川に片足を突っ込みかけている安全靴を買い直して。

 いいや、そもそも次の階層がこの装備で進めるとは限らない。一度様子を見てから考えるべきだろうか。

 現在は斬撃をメインとしてるが、ゴーレムはバールの方が有効だった。もしかしたら次は空を飛んでいるかも知れない。天井の高さなど限りがあるが、遠距離攻撃の手段もそろそろ見直した方がいいかもしれない。

 そう考えると、俄然ワクワクし始めた。


「お、ドロップアイテム」


 短い方の鉈を回収すると、その近くに指輪が落ちているのを発見する。

 オークのドロップアイテムだ。幸先が良い。


「これで10個貯まったし、栗形さんに売って装備の軍資金にするかぁ」


 鉈を鞘に収めながら、少年は指輪を拾う。

 シンプルに仕上げられた銀のリングに、不思議な輝きをする緑の宝石。

 宝石が好きな人が見ればその美しさに惚れ惚れする出来で、見る人が見れば人工石かなと首を捻り、知識のある人が見れば未知の鉱物と未知の製法に目を剥く宝石の指輪である。

 それなりに価値のあるものと一応知ってはいるものの、もはや見慣れた指輪であるため、少年はそれを雑にポケットにしまい込み、オーク達が綺麗に消滅したことを改めて確認すると、うーん、と大きく伸びをする。


 朝である。


 今日は平日。

 このまま一日ダンジョンに籠もっていたいのが本音だが、そうもいかない。

 例え190に迫る身長に、格闘家のような筋肉質な体型で、暴力団の中に紛れ込んでいても違和感がないどころか逆張りで目立つ程度に厳つい顔つきと鋭い目つきであろうとも、少年は少年である。

 少年、只今年齢、16歳。。

 いくら見た目がヤで始まりそうな大人だろうと、華の高校一年生だ。


「……うっし、そろそろ学校行く準備すっかな」


 げんなりした表情で呟くと、ふと、オークの気配がした。

 近い。

 リポップしたのか。

 腕時計に目を落とすと、7時20分。

 少年は顔を上げる。

 ニコニコ顔であった。


「学校行く準備するかー!!」


 言うが早いか、少年は斧を構えて駆けだした。

 そっちはオークの居る方である。








 築70年。

 平屋。

 2DK。

 庭付き。

 地下に秘密のダンジョンあり。

 未確認生物の化け物共と命がけのアトラクションあり。


 少年の住む家は、人外魔境の地獄みたいな物件だった。


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