第4話 アクママン誕生編(終)
心臓を貫かれ羅我の意識が消えた。核が弱点の怪異とは違い、首を切断されない限りデーモンは死なず、羅我は気絶しただけだ。
「――ラガ・ミカドの命を最優先、ジェノサイヴァ・モードを起動します――」
魔武具は持ち主を守る為、防衛モードに入った。
蛇腹が造り出した外皮骨格型装甲がギシギシッと軋み、無機質だった魔装甲に命が宿る。
もこりもこり。外装は波打ち自発的に呼吸を始めた。至るところに刃物傷が浮かび、パックリと上下に開くと刃化した白い牙と真っ赤な舌が見えた。それは無数の獣の顎であった。
「ぎぃぎぃ」「あぎゃ」
唄う。この世に産み出された苦しみから苦痛の悲鳴を合唱する獣達に、舞姫は震えが止まらない。
「はあぁぁん、お兄さんが、デーモンの姿にぃ」
恐怖もあり、歓喜もある。この手でデーモン化した愛する男を殺すことができるのだ。
「……大好き……お兄さん」
内股になり、熱く火照る太ももへ自然と手が伸びていく。
そうだ。羅我を一目見たときから、心が震え体を求めていた。
「わたしはお兄さんを愛してる」
ありきたりな言葉だが声に出すと、実感がわく。
「あはっ、あはははははは、愛してるよぉぉ」
幸せだ。自分はなんて幸せなのだろうか。
愛する男を殺す事により他の女に奪われる事も無く、永遠に自分のモノとなるのだ。
「にゃゃん」
羅我の背中に突き刺さる、巨大ハサミの左刃を手元に引き寄せた。
「ぐらびー生きてる?」
「うふふふ勿論さ姫ちゃん。うふ、うふ、うふふうふふ」
「あはっ、あはははははは」
「――ぎぃぃぃ」
デーモン化した羅我の肉体をリリスが支配する。
ジェノサイヴァ・モードにより、姿形は悪魔の名に相応しい異形なる外見となっていた。
フルフェイスのヘルメットからつり上がった目が現れ、前方へ突きだしたバイザーの隙間にギザギザした牙刃が覗く。
刀化した四肢の爪は二十。
更に背中から尾にかけて針ネズミの様に数えきれない程、小刀が生えていた。
恐竜を連想させる外見。これが蛇腹の悪魔リリス、本来の姿なのだろう。
「――ぎぃ」
目の前に淫靡な雌の匂いをプンプンさせた舞姫が立っていた。
――あれは敵なのかや……。それとも……。
ノイズと、激しく痛む頭が思考の邪魔をした。
それでも知っている。リリスは本能で知っている。
この世界で人を救う指命がある事を覚えていた。
――舞姫を喰って(救って)やる。
「――あぎぃぃぃぃるるる」
獣リリスの咆哮が、神嶋の街に響き渡った。
*
「あぁん、ワイルド過ぎでしょ。四肢を斬り裂いて引き裂いてまたがって、身動きとれないお兄さんを犯しまーす。あはははあはははは、最高の初体験」
左刃を構えてリリスに斬りかかる。だが背中の小刃が蛇腹となり、攻撃を弾きだす。
「動きキモイよ。でもデーモンにふさわしいね」
次々と蛇腹を斬り刻んでいく。
沢山の蛇腹は所詮こけおどしに過ぎない。本数を増やせば増やすほど、中身はスカスカになり脆い。
それを舞姫も理解してるのだ。
「にゃっっ!」
攻撃の雨をかいくぐり、刃が脇腹を斬る。
舞姫の命を賭けた攻撃に、見かけ倒しの無数小刀が勝てるわけないのだ。
悪魔化し緑に染まった羅我の返り血を浴びる舞姫の攻撃は、まるで鬼が乗り移ったか。
無理もない。グラビティの悪魔因子は、ある人物により封印され、ジェノサイヴァ・モードは休眠状態なのだ。
もう舞姫には後がない。敗北は死を意味する。
「激ヤバッッ過ぎて、脳汁ドバドバァ。あはははは! 最高おしっこもれそう、出しちゃおうかなぁぁ」
悪魔狩りに特化する狩人、舞姫命懸けの攻撃にリリスは手も足も出ない。
理性が無い本能だけでは、知恵の実をかじり進化した人間に勝てるわけないのだ。
「あはあはあはははは」
両腕を斬り、両足を斬り飛ばす。
うずくまるリリスの頭部を力強く踏みつけると、緑の体液で汚れた左刃を構えた。狙いは勿論、首。
「ごめんね、お兄さん。わたしは力無き人々が笑って暮らせる日常を守りたいんだ。地獄でわたしが来るの待ってて」
泣きながら強い決意で、最後の一撃を振り下ろす。
「――ぎいぃぃ!」
本能だけでは知性を持つ人間に勝てない。だが羅我の命を最優先するリリスの想いと、人々の幸せを守ろうとする舞姫の想い。二人の気持ちに差はない。ならば残された勝利の鍵は一つ。
武力で決着をつけるしかないのだ。
リリスはこの時を待っていた。宿主の体が傷つき汚れても、心を殺して耐えてきた。
――この一瞬に全てをかける!
針ネズミの様な背中の小刀で目立たなかった無傷の尾が、舞姫の両腕を切断する。
「えっ」
舞姫は今、自分に何が起こったか分からない。
分かってるのは、リリスのフルフェイス型頭部のバイザーが上下に開き、口から吹き出す炎の龍が見えたという事だ。
「――アクマビームじゃッッ!」
「きゃあぁぁぁ」
胸から下を炎焔龍は喰らう。
バキバキバキッッ。魔装甲は砕かれ剥がれ落ち、全裸となった舞姫は意識を失った。
試合なら羅我とリリスの勝利で終わる。だがこれは殺し合いだ。負けた舞姫には死救いが待っている。
四肢が再生し全ての傷が癒えたリリスは、意識を失っている舞姫を掴んだ。
「――ぎいぃぃぃ」
唾液まみれの頭部装甲が外れ、羅我の素顔が外気にふれた。
つりあがった目。黄色く濁る瞳は細かに揺れ動く。瞼の縁を墨でなぞったような太い隈取と、神代文字に似た模様が頬に浮かんでいた。
鼻は潰れ口角まで裂けた前方につきだす顎は、ゆっくりと舞姫の肉体へ近づいていく。
「――ぎっっっ!」
突如リリスの動きが止まった。
「だ……めだ……リリス。俺は人間でいたい」
「――主……」
羅我は意識を取り戻し、舞姫を飲み込むのを理性でおさえた。
「出てこいよ」
「デーモン化を抑えましたか」
何処で見ていたのか、神威が近づいてくる。
――ガンッッ!
頭に血が登り気がつくと、神威の頬を殴っていた。
眼鏡は吹き飛び地上を転がっていく。
「てめぇ、お嬢ちゃんが俺に喰われそうになったのを黙って見てやがったな」
「彼女を喰おうとした貴方に言われたくないですね。御門くん」
温和だった瞳が細く鋭くなり、睨み付けてくる。
「あっ!!」
羅我は睨み胸ぐらを強く掴む。ビリッと守護天使を象徴するマントの一部が破れた。
「貴方の事調べましたよ。御門羅我くん。難病の妹、美亜さんの為にダスト駆除しながら、違法と知りつつデブリを売る。そのデビルウェポン・リリスはそうして手にいれた」
「治療の為、金が必要なんだよ」
沸騰した頭が少し冷え、気持ちを落ち着かせる。美亜の為とはいえ違法行為しているのは事実だ。ばつが悪く手を離した。
「わかってます。僕達は警察でありません。守護天使になりませんか。悪魔憑きの貴方には、その資格がある」
「……まさかてめぇも」
「はい。僕も悪魔憑き(アクママン)です。毒には毒を。デーモンには悪魔をです」
「条件がある」
「はい。なんなりと」
「美亜に最先端の治療を」
「勿論です。僕達守護天使を含む怪異ハンターが属する組織、アニマのスポンサーに霧島財団がついてますから。その辺は心配なさらずに」
「……そうか」
美亜の為に自分はどんな事でも頑張らなければと、気を張りつめていた心が少し軽くなる。
肩にかかる重圧が楽になっていくのを羅我は感じた。
「うぅーん……あれ神威隊長?」
舞姫が目を覚まし、やっと二人の間に流れる殺伐した空気が和んだ。
「あぁ一つ、僕からもお願いが」
神威はマントを全裸の舞姫に渡して、羅我へ再び近づく。
「あぁ、なんだってするぜ」
「それは良かった」
ニコリと微笑み神威は、羅我の顎を岩の様に鍛えあげた拳で打ち抜いた。
「これで貸し借り無しです。ようこそ新たなる守護天使」
「効いたぜ旦那」
笑顔で手を伸ばす神威に握手しようとするが、空間が歪みだす。
「ナ、ナイスパンチ」
グッと親指をつきだし目を回すと、大の字になって倒れた。
「ああぁんお兄さーん」
アクママン キサガキ @kisagaki
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