第3話 アクママン誕生編(3)

「お望み通り相手してやるよ。リリス、アクマ・クローだ」

「――了解。じゃが、これからそのノリでいくのか」

「あぁアクママンだからな」

「――うむ。それが主の望みならば合わせようぞ」

 ――アクマ・クロー!

 手の指先を覆う蛇腹の一部が硬質化し、十本の小刃へ変化する。それは蛙デーモンと戦った時に使用した武器であった。

「あはっ。ノリノリですねお兄さん……はやっ!?」

 先手必勝。素早く懐へ飛び込む。

「うらっ!」

 右爪が脇腹を抉る。浅い。致命傷までいかない。

 未成年相手に、羅我は本気で殺そうとしている。心が苦しいとか言ってる場合ではない。

 舞姫は明確な殺意を持ち、殺しに来ている。

 ――殺らなきゃ殺られんだよ。

 心臓を抉ってやる。魔装甲の上からでもわかる激しく揺れ動く胸部へ、左爪が伸びた。

 キンンッ。だがそう上手い事いかない。ハサミで防がれ攻撃は阻まれる。

「えっち」

 半目で舞姫は可愛く睨む。

「お兄さんってムッツリ?」

「んなわけあるか!」

 股間を狙う舞姫の前蹴りを、後ろへ宙返りしてかわす。

「えへへへ。だよね。ムッツリだったら、イメージと違うかなって」

「あっ?」

「ほらっ。お兄さんワイルドだから野獣の様なエッ――」

「――そこまでじゃ小娘。その手にはのらぬ」

「ありゃバレちゃいました」

「――抉られた傷を癒す為、時間稼ぎかや」

「当たりでっす」

 抉られた脇腹から流れる、赤い血が消えていた。

「見た目だけで完全に治癒はまだですが、戦えまっす!」

 横一閃。ハサミからの攻撃を、羅我は余裕で頭を下げかわす。

「下半身がお留守だぜ。お嬢ちゃん」

 左太ももに右爪を突き刺した。

 舞姫はヘルメットの中で顔を歪めるが、直ぐ口角をつりあげてニイィィと凄惨に笑った。

「ニャッッッ!」

 ハサミを真下に向けて、振り下ろす。

 回避しなければ首を切断される。

「にゃん」

 舞姫は貫かれた左太ももに力を込め、筋肉の圧で右爪を抜かせない。

「マジかよ!」

 頭部を守る為、左腕装甲に蛇腹を絡め防御力をあげガードしようとしたが、間に合わない。

 斬。左腕は斬り飛ばされた。

「ウギャアァァァッ!」

「あはははは。いい声で哭きますねぇぇ。わたし興奮してきちゃったっっ!」

 羅我の返り血で真っ赤に染まり、高笑う舞姫。その隙に爪を切り離し後方へ逃げた。


「無茶苦茶だな。オイ」

「あははは。お互い痛い痛い」

 ダメージが大きく呼吸は乱れる。それは舞姫も同じなのに、これが若さか。笑っている。左太ももから血がドクドクと流れ落ちているのにだ。

「強いなぁ、お兄さん。やっぱ素敵」

「お嬢ちゃんこそ、ヤバいぜ。デーモンハンターの名前は伊達じゃねぇ」

「――ぬうっ」

「どうしたリリス」

「――儂は主を知っていた。拾われる前の記録がないのにじゃ。だが不思議な事に御門羅我がマスターであると、この身は覚えてる。それと同様に、小娘が使う魔武具グラビティに見覚えがあるのじゃ」

「あぁ俺もそれは感じてるぜ。舞姫のお嬢ちゃんが懐かしくてよ。デジャブってやつかもな」

「戦いに集中しましょ、お兄さん」

「お嬢ちゃん、その魔武具、どうやって手にいれた?」

「えっ、わたしじゃなくて、ぐらびーが気になっちゃう感じ? もうそんなに魅力ないかな」

 前屈みになり、装甲つけても目立つ豊満な乳房をアピールする。

「ガキに興味ねぇよ」

「もうお兄さんったら。ならその首を切断して、あの世に行っても忘れない様にしてあげる」

「おっかねぇな」

 羅我の欠損した左腕が再生する。変身した事により治癒速度が上がっているのだ。それは舞姫も同じだ。太ももの傷がふさがりつつある。二人とも明らかに常人の域を超えていた。

「インターバルもたっぷり取りましたし、続きしましょお兄さーん」

「だな」

 この距離なら蛇腹刀が有利か。右腕の一部は、蛇腹へ変化する。

「行くぜッッ!!」


「にゃあぁぁッッ!」

 舞姫は大きく踏み込み、一気に距離を縮めた。

 ――キィィン。

 鋏の中央が外れ、左と右に分かれた片刃の二刀流で斬りつけてくる。

 縦と横の同時攻撃に、羅我はリズムを狂わせた。

「残念だったね、お兄さん!」

「やりずれぇ!」

 御門羅我は高校生の頃から、いわゆる不良のレッテルをはられている。

 大切な妹や仲間達の居場所を守る為に、散々喧嘩してきた。荒ぶる魔王と異名つけられたのもこの頃だ。

 それこそ刃物等、武器を使う相手ともやり合った時もある。しかし、二刀流は流石に初めてだ。

 だが今は一人ではない。頼もしい仲間の悪魔がいた。

「頼むぜ相棒」

「――カカッ任された」

 右側の攻撃はリリスに頼み、左側へ意識を集中する。

「おらっ!」

 蛇腹が首を右刃からガードし、左足で左刃を踏みつけた。

「らぁぁぁぁ!」

 それを支点にして、右上段回し蹴りを舞姫に放つ。

「きゃんっっ」

 左刃から手が離れ、舞姫は土煙をあげて激しく吹き飛んだ。

「悪ぃな。妹を守るためなら、俺はなんだってやる」

 起き上がらない舞姫の首元を狙い、蛇腹刀を振り下ろした。

 キィィィン。首に攻撃が来る事を最初から分かっていたのか、右刃で難なく弾かれた。

「……首を狙うと思ってた。よかったイメージ通りの人で」

 今までと違い、舞姫の声から余裕が消えていた。

「これがお兄さんの……本気」

 フルフェイスの猫耳ヘルメットに亀裂が走り、碎けた。

 舞姫の可愛い顔が外気に触れる。頬を朱に染め、うっすらと涙を浮かべ悔しそうに唇を噛み締めていた。

「わたしだってッッ!」

 かがんだ体勢から地面をなめる様に、右刃で斬りかかる。

「ふんッッ!」

 羅我渾身の拳が刃の面を叩く。

「えっ?」

「これが俺の異能力だ。お嬢ちゃん」

 ぐにゃり。殴られた所から、粘土の様に柔らかく折れ曲がった。


 異能力。百年前、怪異の存在と同時に世界が公式に認めた超常な能力。それは人が新たなるステージに進んだという事だ。

 進化といってもいい。

 その力は多種多様。発動条件すら人それぞれ違う。

 怪異ハンター達はその特性を補うために、悪魔を宿す武器を持った。

 羅我の異能力は、触れたものを一度柔らかくし再び固める力だ。怪異との戦いに充分役にたつ。

 だが羅我はこの異能をうまく使いこなせない。

 コントロール出来ない能力は、命がけのハンターに不向き。それが怪異ハンターを断念した理由であった。


「すまねぇな、お嬢ちゃん。チェックメイトだ」

 舞姫にもう戦う力は、残されていない。

 魔武具は破壊され、攻撃する手段がないのだから。

「嫌だ死にたくないよ」

 舞姫は膝をつき、羅我にすがりつく。

「お願い。何でもするから」

 涙で汚れる顔を隠そうとしない。指先が羅我の太股に触れた。

「苦しまずに送ってやるよ、舞姫」

 羅我は無慈悲に刃化した右腕アクマ・ブレードを振り下ろす。

 鮮血が大地を汚した。

「ぐはッッッ!」

 だが血反吐を撒き散らしたのは、羅我であった。

「――一体何が起こったのじゃ」

 羅我の背中に左刃が深々と突き刺さり、刃先は心臓を貫いていた。

「これがわたしの異能力【ヴァンプ姫】でーす。あはははははは。騙された騙された。わたしの涙に騙されちゃったねぇぇお兄さーん」

 右刃は壊されたが、左刃は無傷のまま床に転がっていた。それを舞姫の異能力ヴァンプ姫で、引き寄せたのだ。

「ありゃ意識消えちゃった。残念。首はねるまえに、お兄さんと初体験したかったのにー」

「――小娘、貴様ァァァァ!」

「あはははは。貴女が、わたしの相手してくれるのぉ。蛇腹の悪魔リリスちゃぁぁん」

「――あぎぃぃぃぃる」

 獣の咆哮が神嶋市の空に響き渡った。

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