第2話 アクママン誕生編(2)
「……こいつ昨日の……」
そして似ている。蛙の体内で見たカミシマ市。そこにいた仲間の少女に。
「んんっ。もぅお兄さんったら、そんな熱い視線で」
にゅるるん。
見つめ合う瞳と瞳の間を、蛇腹本体の蛇頭が割り込む。装甲の一部が変化したものであった。
羅我が身に纏う外皮骨格型の鎧は、良く見ると蛇腹が絡み合い装甲となっている。
「――いつの間に我が主に近づいたのじゃ。小娘!」
羅我の相棒リリスが、とぐろを巻き牙を突きだし威嚇する。
「あははっ。この子がお兄さんの悪魔か」
舞姫は昨晩の制服姿と違い、豊満な体のラインがはっきりとわかる薄い赤色のバトルスーツを纏っていた。
対怪異用の戦闘服だ。その上から刀を十字に組み合わせた刺繍入りの白いマントを羽織っている。
「舞姫さんは彼を」
舞姫と同じ刀十字の白いマントを羽織り、白銀色の重厚なバトルスーツを纏い眼鏡をかけた四十代の男がゆっくりとした足どりで近づいてくる。
身長二メートル、体重は百キロはあるか。
巨漢であった。
胸板と肩幅は同じくらいあり、鍛え上げた全身は巨大な岩を連想させる。
短く刈り上げた白髪。潰れた鼻。太い唇だけ見ると威圧感を与えるが、メタルフレームの眼鏡から覗くつぶらな瞳とフサフサした眉が可愛らしく、ぬいぐるみのライオンのオスにしか見えなかった。
「僕はデーモンを滅します」
「はーい。神威隊長」
男の名前は神威了。最強のデーモンハンターであった。
「来たかよ、専門家。助かったぜ」
正直お手上げであった。とどめを刺すことができない。だからと言って、放置もできなかった。誰かがまた犠牲になってしまう。
倒し方をリリスに聞いても、覚えてるのは羅我の相棒という事。それ以外は忘れていた。
「あはっ。来ますよー。わたしたちは、怪異から街を護る守護天使。デーモン専門の怪異ハンターですからー」
生死に関わるのに、たいしたものだ。どう見ても十七才前後なのに。いやハンターになるのに、年齢は関係ないか。
必要なのは強い異能力だ。
羅我は少年にナイフで刺された腹部へ手を伸ばす。
「えっち」
「あっ?」
「また食い入る様に、わたしの体を見て」
いじわるな笑みを浮かべ、半目で睨んでくる。
「――そんな目で見てたのか主!」
「んなわけあるか。未成年に興味ねえよ。不快にさせて悪かったな、お嬢ちゃん」
「いやいや真面目ですかー! 冗談ですよーむしろありがと!」
「――なぜお礼を言うのじゃ。わからぬ」
「カカッ、面白いお嬢ちゃんだな」
「わたし暁舞姫でーす。イケてるお兄さんは?」
「俺は御門羅我だ」
「僕は守護天使神威隊、隊長の神威了です。よろしく御門羅我くん」
「お、おぅ。よろしくな、旦那」
するりと自然に二人の会話に入り込む、神威のコミニケ―ション能力の高さに羅我は驚く。
「――こいつ強いのじゃ。魔力の底が見えぬ」
「あはっ。やっぱわかっちゃうよね。神威隊長、最強だから」
舞姫が自分の事の様に自慢するのもわかる。
神威は正に最強の名に相応しい、王者の風格を放っていた。
「では羅我くん、そこで舞姫さんと見ててください」
神威は両腕を大きく広げた。背後から黄金色の魔力が吹き出し、温かな波になると無数の波紋を築く。
「――神威よ、それがうぬの力かや」
黄金色に光輝く大小形様々な剣が波紋から突きだし、天使の翼の形を造り上げた。
「随分と派手じゃねぇか」
「あははは。パフォーマンスも兼ねてますから、隊長は大変でーす」
「フッ。デーモンは自己再生能力に優れ、ある箇所を切断しない限り何度でも復活します」
パチン。指を一回鳴らす。四本の大剣が、勢いよく撃ちだされた。
三人が話してる隙に、欠損した体を再生させた蛙を逃がさない為、剣が四肢に刺さり大地へ縫いつける。
「すげぇなオイッ!」
「それではある箇所とは、どこか?」
「はーいはーい隊長はーい」
「――なんじゃこのノリ。命の危機感は無いのかや」
「へっ。嫌いじゃねぇけどな」
「では羅我くん答えて」
「あっ? 俺ぇ。……核を壊す」
「えっお兄さん。詳しい。脳筋だけじゃないんだ素敵💛」
「なんだ語尾にハートマークつけて。ったくからかわれてんのか、誉められてんのか」
「えっ褒めてるんですよー、頭ナデナデしましょうか」
ぞくり。一瞬だが舞姫から殺気を感じた。見間違いか、にいぃぃと口角をつり上げた表情を見た。
それはリリスも同じだった。
「――我が主に触れるなや、小娘ッ!」
舞姫が羅我の髪を撫でようと手を伸ばした瞬間、蛇腹から生えた刃を向け威嚇する。
「……へへっ怒られちゃった」
笑みは消え、真顔になっていた。
「リリス落ち着け。お嬢ちゃんは、からかっただけだ」
「じゃって」
しょんぼりとした声で項垂れ、リリスは落ち込む。
「からかい上手の舞姫さんには、なれませんでしたね。ごめんね、リリスちゃん」
舞姫は少女らしい笑みを浮かべ謝ると、リリスは素直に頷き刃を蛇腹の中に戻した。
「……今の仕事やる前、怪異ハンターになろうと勉強したんだよ」
「えっ、じゃあお兄さんも異能力者」
「あぁ、それが必須だろ」
「じゃあなんで、今の仕事に」
「まとまった金が必要でなって、話脱線してねぇか」
「あははは、ですね。ではお兄さんの答えは……不正解でーす」
「なんだと。なら答えはなんだ」
「正解は首を切断する事です、羅我くん。この様にね!」
神威は大剣を直接手に取り、蛙の首を斬り飛ばした。
『うらぎり……も……の』
大地に転がった頭部の外装にヒビが入り砕け、人の素顔を晒す。
「あっ。てめぇと一緒にするんじゃねぇぞ、デーモン」
パチッパチッ。火花が散り、青白い炎で燃えていく。同じ様に肉体も青白い炎で燃え、全てが灰となり消え失せた。
「凄ぇぇ!」
「フッ。舞姫さんあとは任せます」
太い唇に笑みを浮かべ白マントを羽ばたかせながら、神威はこの場を去っていく。
「了解でーす」
舞姫は羅我の隣で、大きく手を振り見送った。
「ついて行かなくていいのか、お嬢ちゃん」
「はい。わたし達は今からでーす」
メガネがキラリと輝き、殺気の圧力が一気に膨れ上がる。
「――主!」
キィィィン。金属音が路地裏に鳴り響いた。
躊躇なく舞姫は巨大ハサミで攻撃してきた。それをリリスの蛇腹刀が弾いたのだ。
この殺意は冗談じゃなく本物だ。本気で殺そうとしてきた。
「あれれ抵抗しますーか」
舞姫の口角が、にいいっとつり上がる。
「どういうつもりだ。お嬢ちゃん?」
先程までの友好的な雰囲気は消え、殺伐とした空気が流れていく。
「んんっ? わたし達、守護天使はデーモン専門のハンターっていいましたよー」
感情が読みとれない。無表情で口角だけをつりあげて、不気味に笑みを見せている。
「あっ?」
「悪魔憑きのイケてるお兄さん。手遅れ(デーモン)になる前に、首を狩らせていただきまっす」
巨大ハサミを両手で掴み、再び構えた。
「誰がデーモンだ。俺は、悪魔の力を操るアクママンだ」
「――真面目な顔で馬鹿言ってる場合かや。小娘は殺る気じゃぞ」
「リリスちゃんの言う通りだよー、お兄さーん」
真っ直ぐ首を狙ってくる。
「マジかよ」
上下に開いていたバイザーを閉めて、ヘルメットをかぶり直す。
一体この少女に何があったのか。
「誰かに洗脳されたか?」
「えっ。わたし正気ですよー。これ仕事だし、何より自分の意思だし」
路地裏に響く大声で、あははははと笑いハサミを突きだす。
「危なっっ」
後ろに大きくジャンプして攻撃をかわす。
「おいシャレにならねぇぞ」
「シャレでこんな事しませーん」
舞姫もジャンプし、頭上からハサミを振り下ろす。
ギィィン。ハサミと蛇腹の刃がぶつかり合う。
「リリスちゃんの蛇腹刀、見かけより硬いですね」
「こんな格好してるが、俺はデーモンじゃねぇ。リリス変身とけ」
「――駄目じゃ。自殺行為じゃぞ」
「最初は皆、そう言うんですよー」
「聞く耳持たねぇのかよ」
「そのうちお兄さんは、人を喰いたくなる。それでは遅いのです」
左右の刃を閉じたハサミをバットの様に振り、蛇腹へ叩きつけてきた。
「うぐっっ」
いいのを貰った。足元がふらつく。
「あはっ。効いちゃいました効いちゃいましたねぇぇぇ」
顔を傾け三日月口で、攻撃の手をゆるめない。
「くそっっ」
「――防御ばかりで、何故攻撃しないのじゃ」
「できっか。デーモンじゃねぇんだぞ」
だが流石にそんな事言ってる余裕もない。このまま攻撃を受け続ければ、足腰に響く。気乗りはしないが、仕方ない。
(リリス狙いはハサミだ。行けぇぇッッ!)
勢いよく近づくハサミに、蛇腹は絡んだ。
「うりゃぁぁ、アクマ・ホームランッッ!」
「あぁあーんダメぇぇん」
舞姫の手からハサミを奪い取り、大空高く飛ばした。
「お兄さんひどーい」
そう言って、舞姫はハサミを追いかけていく。
「いったんひくぞ、リリス」
羅我は急いで、路地裏から離れていった。
壁に爪を突き刺し建物の屋上によじ登る。あのまま地上で戦えば、住民達を巻き込むかも知れない。
ここなら最悪な事態だけは免れる。
「逃がしませーん」
ハサミを取り戻した舞姫が空から降ってくる。
「逃げられるとは、思ってねぇよ」
「首を差し出す覚悟、決まりましたか」
「なわけあるか。なぁ、俺とお嬢ちゃん違いはなんだ?」
「あははは痛いところを。そりゃわかりますよね。わたしも悪魔憑きでーす」
羅我を攻撃してきた、赤色の巨大ハサミを見せる。
「これがわたしの悪魔。魔武具デビル・ウェポン、鋏のグラビティ」
「――やぁグラビーだよ。うふうふうふふふ」
アニメ声でハサミの悪魔は陽気に挨拶する。テーマパークのテンション高い着ぐるみの様だ。
「ふ~ん。あんたは、人を喰わないのかお嬢ちゃん」
「喰いませーん」
「悪魔憑きなんだろ?」
「はい」
「なら俺も喰わないと、なぜ思えない?」
「んんっ。昨日会ったばかりの人を信じられます?」
「はっ。そりゃそうだ。だったら俺もあんたを信じないぜ。悪魔憑きが人を喰うデーモンになるなら、お嬢ちゃんを殺すしかないな。この俺には守りたい者がいる」
「あはっ。答えはでましたね。なら殺しあいますか」
舞姫はハサミを足元に突き刺し、左右の刃を動かし十字に開いた。
「変神・グラビティ」
舞姫の背中から白い天使の翼が生え、豊満な肉体を包み込む。
「――コードグラビティ認証しました。アームドモード起動します――」
「――覚悟はいいな主。来るぞ」
「わかってる。美亜を守る為なら、何だってやってやるさ」
「にゃあぁぁ~、にゃぁぁんっっ!」
舞姫は右手を横に振ると翼が消え た。
大型ハサミから分離した、軽量のピンク色の外骨格型魔装甲がバトルスーツの上に装着する。
猫耳がついたフルフェイスな頭部。尻には尻尾。両手両足には肉球付きのグローブとブーツを身に纏った。
「らしくなったじゃねぇか」
「えへへへ。では悪魔らしく戦いましょう、お兄さん。残虐に残酷に残忍にーん」
ケタケタケタと笑い、右手で軽々と自分の背よりも高いハサミを持ち上げた。
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