終章-3 共生

 わたしは閉口した。哀れみか、呆れかもわからない。


「わかった。ひとりで生きていくのね。わかったから。だけど、ひとりだけだと思わないで。お母さんもいるってことを忘れないで」


 咄嗟に拒絶が口をつきそうになって、踏み止まれたのは、陽輝との別れ際が蘇ったからだ。


「……うん。わかった。ちゃんと覚えてる」


 引っ越しが落ち着いたら、また連絡するね。そう残して母と別れた。





 後部座席を倒してレジャーシートを敷く。その上にクッションをふたつと、毛布を二枚畳んで用意した。


 中古で購入した軽自動車は、毎日の通勤に使用している。新しい住まいからでは、自転車通勤は難しくなってしまった。負債の重責と同時に、自分の足で遠くまで行ける自由と、自分の人生の舵を自分で握る、充実感を得た。わたしは今、わたしのために働いている。


 高校卒業と同時に免許を取得したきりで、立派なペーパードライバーのわたしは、まだおっかなびっくりの運転しかできない。だから今日のために、休日にも練習した。


『写真送ってね』


 瑞希からLINEが届いている。

 どうせなにも写らないよ、と返すと、


『違う。男』


 ほとんど間を置かずに来て、そのあんまりにも直截な言い方にわたしは少し笑った。


 瑞希からは今も頻繁に連絡がくる。ほとんどは生まれたばかりの赤ちゃんの話や、旦那さんへの不満だ。


 わたしとは無縁の瑞希の悩みを、間違っても羨ましいだとかは思わない。どれほど足掻いてみようと瑞希の不安はわたしからは遠いままで、理解することは絶対に叶わない。


 それでもわたしは瑞希の話を聞くし、瑞希もわたしに語りかけ続ける。

 今は、それでなんの問題もないと思っている。


「おつかれさまです」


 駐車場に公星くんが駆けて来た。今夜、わたしは初めて公星くんを助手席に乗せる。


 ダウンジャケットを膝に乗せた公星くんが、ハンドルをきつく握り込むわたしを横目で見て、





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