6-25 ふつうのふたり

 なのに彼は、そんなわたしを許そうとしている。


「性別が違っても、触れられなくても、恋人でなくても、それをおれたちの普通にしましょう。ただ心のどこかで特別に思っているだけの、男とか女じゃなくて、おれと花緒さんだけの普通にしましょう」


 わたしと公星くんだけの、ふたりだけの在り方。正しさから逸れた生き方。それは無重力に身を投げ出すようにおそろしいことだ。


 身軽といえば、身軽かもしれない。だけどそれは多くのものを切り捨てた先に得た身軽さだ。担保もなく、ただ自分であり続けなければならない。


「なにも特別なことがなくても、おれと一緒に生きてくれませんか」


 わたしに問うた公星くんの瞳は、とっくにそんな覚悟を決めたひとのものだった。

 このひとは、既に一度、大きななにかを捨てた先で立ち直ったことがあるひとだ。唐突に思い出した。


 わたしはどうだろう。寄る辺がないのはこれまでも同じ。正しさに手を伸ばしてぜんぶ粉々にした。わたしが本当に欲しかったものはなんだっけ。特別な存在になれない自分を恥じていた彼を、なにがここまで導いたのだっけ。


 ひとつひとつ思い出すたびに、絡みついた蔦がするすると滑り落ちていくような錯覚に陥った。


 わたしは、こんなふうにしか生きられないわたしたちを救うものがなにか、もう知っている。


「はい。わたしも公星くんと一緒に生きたいです」


 それは、わたしが焦がれ彷徨ったものと似て非なるもの。あんなに正しくないし、誰の祝福も得られない。


 たぶん、わたしたちはとても暗くて不確かなところに向かおうとしている。

 なのにどうして、つながっていると強く感じる。


 伸ばした手の先すら見えない暗闇でも、あなたがそこにいるという実感が、鼓動よりも近くにある。


 わたしは、そこに、光を見た。

 彼もまた、わたしを見ている。












*°.・.。**°.・.。**°.・.。**°.・.。**°.・.。




ここまで読んでくださりありがとうございます。


残り5000文字程度で完結します。


花緒と奏汰の旅路を見届けていただければ幸いです。




1/4夜最終更新です。

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