6-22 本心

 ──お兄さんは悪いひとなの。


「許せない」


 煮えたぎるような憎悪を自覚した瞬間、傷口が一息に広がった。薄皮一枚の下で抑圧されていた分が制御を失って溢れていく。


「わたしは、許せない。あのひとが、あいつが」


 両手で顔を覆って俯く。指の間から涙が手首へ伝う。一度自覚してしまった暗い感情は、アスファルトに雨粒が落ちるようにとめどなく広がって、一面に黒いシミを作っていく。


 今、はっきりとわかる。お兄さんは悪いひとだった。そして弱く、貧しいひとだった。あのひとがどれだけお金に困っていたか、大人になった今、あの部屋を振り返ればわかる。だけど同時に、大人が子どもを手に掛けるおぞましさも。あの部屋にあったたくさんの段ボール箱には、やがて顔も知らない誰かの手に渡る、幼いわたしの姿が収まっていたはずだ。


 傷つけられていないと思い込んでいた方が楽だった。気づいてしまえば、その痛みはわたしを蝕み、わたしは苦痛に耐えかねて朽ちてしまうだろう。

 あいつに与えられるものを愛情と信じ込んでいた幼いわたしが、公星くんと陽輝の姿を見つけてしまった。もう、見ないふりはできない。


 わたしが悩み続けている今も、あいつはわたしのことなんて忘れてどこかでのうのうと生きているのだろう。なにもかも清算して、どこかで普通の人間としての幸せを手にしているのかもしれない。そんなのは許せない。


「どうして、こんなのわたしに教えたんですか。ひどいです。こんな気持ち知りたくなかった。これから先、わたしはずっとこんなのと一緒に生きていかなきゃいけないんですか」


 迸った怒りが目の前の公星くんに飛び火する。顔を覆ったまま指の隙間から見上げると、彼は唖然とわたしを見つめていた。





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