6-5 悪夢のはじまり

 お兄さんの部屋はいつでも窓が全開になっていて、外から風鈴の音が聞こえてくる。そんなものじゃ誤魔化せないほど熱気がこもっていて、とてもじゃないけど大人しく宿題なんてしていられない。


 部屋の隅々まで見上げてみても、エアコンは見つからない。壁沿いにきちんと積まれた段ボール箱のせいで、ただでさえ狭い部屋が余計に窮屈に感じる。


 この部屋のすべてがわたしを息苦しくさせる。だけどもう、それすらも当たり前だった。部屋の外のことなんて、想像もしないほどに。


「暑いよお」


 畳に手足を投げ出してわたしはいつも唸っていた。たまに、水着を持っておいでと言われて外で水浴びをする日もあった。


「暑いなら、脱いじゃえばいいんだよ」


 お兄さんが言って、わたしはえーっと声を上げた。


「やだよ恥ずかしい。お風呂でもないのに」

「じゃあ、俺だけ脱いじゃおうかな」


 そう言ってお兄さんがTシャツから腕を引き抜く。白くて薄い体が現れた。それを見ていたらなんだかむずむずしてきて、わたしもワンピースを脱いだ。服を着ているわたしのほうがおかしいみたい。わたしたちはおそろいになった。


 お兄さんが嬉しそうに笑う。


「花緒ちゃん、可愛いね」


 お兄さんはよくわたしを褒めてくれる。嬉しいけど、何度も繰り返されると照れくさい。


「やめてよもう。恥ずかしいよお」


 手の甲で汗を拭う。


「花緒なんか、全然」

「そんなことないよ。みんな花緒ちゃんのこと可愛いって言ってくれる」

「お母さんも?」

「もちろん」


 お兄さんは小さく丸まったわたしをカメラで覗き込んでいた。彼のもとに手を伸ばす。


「ねえ、それ花緒にも貸してよ。お兄さんのこと撮ってあげる」

「え? 俺はいいよ。今は花緒ちゃんの番なんだから」

「でも花緒ばっかり恥ずかしいよ」


 それに、誰かにお兄さんのことを思い出してもらうなら、一緒に写っていた方がいい。だけどお兄さんは結局触らせてくれなかった。


「ほら。こっちを向いて。今日はビデオを撮ってあげる」






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