6-4 お兄さんの「好き」

 お兄さんの家でふたりきり過ごすようになると、わたしたちはもっと近くなれた。


 わたしはお兄さんが敷いてくれた布団でお昼寝をしたりする。お兄さんは時々、眠っているわたしをカメラで撮影した。お兄さんが写真をパソコンへ移している様子を、わたしは薄目を開けて、こっそり見る。


「お兄さんは先生になっても、カメラを続けるの?」


 とてもびっくりしたようにお兄さんが振り向いた。わたしは寝っ転がったまま続ける。


「そうしたら、花緒のこと忘れちゃう?」


 お兄さんはいつか、みんなの先生になる。子どもが好きだからだ。画面にたくさん並んだ写真を眺めていたら、突然、不安が湧いた。いつか、知らない子どもたちの写真で、画面が埋まる。そうすると、わたしはたくさんいるみんなの中のひとりになる。お兄さんはわたしを忘れる。わたしはまたひとりになる。


「忘れないよ」


 お兄さんがパソコンを静かに閉じた。体をぐるりと反転させて、あぐらをかいたままわたしを見下ろす。お兄さんの手のひらがわたしの頬を撫でる。


「花緒ちゃんは特別」

「ほんとう?」

「本当だよ。こんな風にするのは、花緒ちゃんだけ」


 お兄さんは指の甲をわたしの頬へ滑らせる。親指が唇の端に触れた。真ん中の方に滑っていって、ゆっくりとたしかめるみたいに押し込まれる。


「花緒ちゃんのことが好きだから、こうやって触るんだよ」

「好きだと、触るの?」

「それが当たり前のことなんだ。大人はみんな触れ合って愛情を確かめ合うんだよ」


 わたしはお兄さんが好きだから、彼をたくさん抱きしめた。お兄さんはぬいぐるみよりも硬くて肌触りもあんまりよくなかったけど、抱きしめ返してくれる。


 お兄さんは度々後ろからわたしを抱きしめた。あぐらをかいた上にわたしを座らせたり、転がってじゃれ合ったりした。お兄さんの体温は、もう、すぐ傍にあって当たり前のものになっていた。





 お互い夏休みに入ると、わたしはほとんど毎日をお兄さんの部屋で過ごした。






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