4-12 彼女は正しい
瑞希が唇を結ぶ。反対に、開けっ放しのわたしの唇が震えた。ぜんぶぶちまけたい衝動に駆られて、だけどうまく言葉を並べられずに、喉の奥にへばりついて引っかかる。先に言葉を継いだのは瑞希だった。
「そうやって味方がいないときに助けてくれたのが、今の旦那」
慈愛に満ちた眼差しでお腹を見下ろす。
「怖くなかったの」
咄嗟に出た言葉は、さっきまで準備していたものではなかった。瑞希が力なく笑う。
「はじめはね」
「不安にならなかったの」
「そりゃ当分、誰も信じてやるかってなったよ。だけどあたしがなにも言わなくても、寄り添ってくれたから。優しいひとなんだっていい加減わかったから、このひとだけは信じてみようって思えたんだよ」
幸せそうな微笑みが遠ざかっていく。近くなんてなれていなかった。
「つっても、結婚したのは割と最近。何年も経ったし、いい加減甘えるのやめてちゃんと向き合おうってさ」
「……甘え」
呆然と反芻する。
「付き合ってみれば本当の愛情がわかるかもって、怖いことなんてなんもないって飛び込んでみたの。そしたらやっぱさ、正解だったよ。おかげでもうすぐ、この子と会える」
甘え。正解。真実の愛。いよいよ絶望した。
高校時代、周りが当たり前に恋愛に染まっていって、そうでないわたしはひどく浮いていた。陽輝の陰に隠れてなんとか紛れた頃と違い、大学ではいよいよ逃げ切れなくなった。
重みに耐えかねて、何度か信頼できる友人に打ち明けたことがある。
──でも、もう十年も昔のことでしょう。
返ってくるのは決まり文句で、そのたびにわたしの中に積み上がっていた信頼は砂みたいに呆気なく消えた。
彼女たちの責めるような眼差しが背後に蘇る。甘えているだけ。強すぎる痛みに酔っているだけ。そんなのはわたしがいちばんわかっている。だけど、酔うことをやめてしまったら、ただ壊されるままになってしまう。
瑞希は壊れなかった。向き合って幸せを掴んだ。わたしよりもひどいことをされたのに。だって、わたしは最後までされていない。
踵を引き摺るようにしてアパートまで辿り着く。ちょうど公星くんが部屋から出て来たところだった。
軽い足取りで階段を下りて来た彼に会釈をして通り過ぎる。
「花緒さん!」
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