4-11 遠かったふたり

「嘘、あんた変わんない」

「久しぶり」


 言いながら自転車を路肩に停めて、公園の敷地内に入っていく。


「瑞希がこっち帰ってきてるって聞いて、会えるかなとは思ってたの」

「まさかあんたも帰ってきてるなんてね。元気だった?」

「それなりに。瑞希は、すごく変わったね」


 膨れたお腹を見ながらそう言うと、彼女は


「どこがよ」


 と言って自分の隣を叩いてみせた。並んで座ると圧迫感が増して言葉が出なくなってしまう。


「今ね、九か月目」

「いつの間にか結婚してるって聞いただけでも驚いたのに」

「そりゃね、この年にもなればね。花緒は?」


 首を横に振ってみせると、


「なんだ。五十嵐くんあたりと早々にくっついてると思ったのに」

「高校のときの話でしょ」


 実際には、わたしと陽輝の交わりは今でも続いている。


「瑞希こそ。付き合ってたひといたじゃない」

「やめてよ。あたしのなかでは、とっくになかったことになってんだから」


 不味いものを吐き出すように瑞希が言った。


 瑞希は高校時代、会社員の男のひとと交際していた。大人の恋愛をしている子独特の余裕が、同世代の女の子たちとは一線を画していた。


「やっぱ未成年に手出す大人とか、ろくでもねーわ」


 周囲が憧れたはずの恋愛を情緒なくぶった切る。そういった妙に達観した性は、彼女の繰り広げた恋愛模様由来のものかと想像していたのだけど、なんてことない、彼女が生来備えていた個性なのだと、今になって初めて知った。


「この話、あんまりひとにしたことないんだけどさ」


 瑞希が恥じらうような目でわたしを見た。


「大学のときさ、サークルの先輩に泥酔してホテルに連れ込まれたんだよね」


 は、と発音したまま、口が閉じられなくなった。瑞希はそんなわたしを見つめて、口元を緩ませる。


「警察に行ってもまともに取り合ってもらえないし、友達に打ち明けても、最終的にはイケメンだからラッキーとか。ふざけんなよって」


 それは高校時代には感じたことのない感覚。わたしたちの間に刻まれていた明確で深い溝を、向こうから飛び越えてきてくれたようだった。




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