4-10 変わり果てた彼女

「そう、なんだ」


 呆然としながらも、なんとか反応してみせたのに


「それでね、瑞希ちゃんも今、ちょうどこっちに帰ってきてるのよ」

「へえ。すごい偶然」

「もうすぐ産まれるのよ」


 わたしは今度こそ、足場が脆く崩れてゆくのを実感した。


「ひとり目だからなにかと不安みたいでね、旦那さんを残して、少し前にこっちに帰ってきたんだって。もうずいぶんとお腹が大きくなってるのよ。最近はよく公園のあたりを散歩してるから、花緒も行ってみるといいわ。わたしもね、この間少しお話できたの。産まれたら見せてくれるって言うから、一緒に行きましょうよ。きっと花緒も欲しくなるわ」


 わたしはすっかり激流に呑まれて俯いていたけど、最後の最後で引っかかりを覚えて目線を持ち上げた。


「五十嵐くんも一緒にどうかしら。三人仲がよかったのでしょう。一緒に見れば、五十嵐くんだって欲しくなるわよ」


 ねえ、と上機嫌に微笑まれて、わたしも唇を持ち上げた。抵抗する気力はひとかけらも残っていない。


 背中にくっついた母の言葉の数々は、日に日に重みを増していく。そうすると、気にも留めたことがないような色々がそこだけくっきり鮮やかに浮かび上がってしまう。書類を渡してくる上司の左手薬指の輝きとか、駐輪場で横に停まっていた自転車のチャイルドシートとか。


 仕事帰りに公園を通りかかった視界の隅で、その滑らかな輪郭はそこだけ切り貼りしたように明瞭に見えた。


 思わずブレーキを強く握りしめる。派手な音が鳴ってそのひとが振り返る。

 大きく膨らんだ影を認めて、バランスを崩しそうになる。無意識に手を添えると、そこには昨夜までと変わらず扁平なお腹があった。


 曲線へ手を滑らせる彼女と目が合う。たっぷり見つめ合ってから、瑞希が先に口を開いた。


「花緒?」


 恐る恐る呼びかけられて、わたしも同じように呼び返す。


「瑞希」


 控えめに手を振ると、瑞希はくしゃりと笑った。




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