4-6 逆行
「今日はお休みなの」
「うん」
「じゃあこのまま家に来なさい。乗せていくから」
「でもわたし、自転車で来てて」
「ああ、じゃあ、ええと……。ここに置いていけばいいわ。帰りにここまで送るから。ね」
見上げてくる眼差しがあまりに切実で、わたしは半ば気圧されながら首を縦に振った。
「じゃあほら、レジに並ぶから、着いてきて」
母が小学生の子どもにそうするように、わたしの腕を引いた。引きずられるままに踏み出した一歩が床に転がったかごを蹴った。「ああもう」母が呆れたような声を上げる。
「なにしてるの。早く拾って」
「ごめんなさい」
かごにひっかけたわたしの指に、母の手が重なる。びっくりして反応が遅れた一瞬のうちに、母がさっさとかごを拾い上げてわたしの胸に押し付けてくる。
「はい」
わたしはまた、ごめんなさい、と呟いて、それを受け取った。こんなことすらままならない己の身の不自由さに言葉を失う。さっきまで自分がどうやってひとりで立っていたのか、もう思い出せないみたいだ。
階段ですれ違う間際、会釈で済ませようとしていたその女性は、わたしの姿を認めるなりすっかり脚を止めた。
「あら、香住さん」
「安藤さん。こんにちは」
「こんにちは。ねえ、もしかして花緒ちゃん?」
ええ、と答えたのは母だ。
「やだ。花緒ちゃん久しぶりじゃない。こんなに素敵な女性になって。もうびっくりしちゃった。誰かと思ったのよ、最初」
「そうでしょう。もうずっと帰ってなかったから。花緒、覚えてる? 中学生のとき同じクラスだった、あの……美咲ちゃんの」
「ああ、」
わたしはわざとらしく声を上げて見せた。美咲ちゃん、美咲ちゃん。わたしの学年には、美咲ちゃんが二、三人いたような気がする。
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