4-5 母

 公星くんに与えられるのを待つ、順番待ちの列の先頭に、わたしがいる。その意味を考えていたら、わたしも彼になにかを差し出したくなった。


 それはスーパーの野菜売り場で、なにを作ろうか思案している最中のことだった。気配に気づかず、肩を掴まれると同時にかごを床に落としてしまう。


 強引にわたしを振り向かせたそのひとは、わたしの肩を強く掴んだまま、今にも擦り切れそうな声で「花緒」と呼んだ。


 わたしは言葉を失って呆然とそのひとを見つめた。売り場に設置されたCDプレイヤーから陽気なメロディが流れて、途切れて、また振り出しに戻る。何度か繰り返した頃になって、ようやく声を取り戻した。


「お母さん」


 わたしが呼んで、ようやくそのひとは安堵したように深く息を吐き出した。それから、わたしの肩を弱々しい力で何度も揺さぶる。


「なんで、花緒、ねえ。なんでなの」


 わたしはされるがままになっていた。母に肩を押されるたびに脳味噌まで揺さぶられるようだった。


「いつ。いつ帰ってきたの」

「えっと、今年の春ぐらいに」

「なんでなにも言ってくれなかったの」


 会いたくなかった。目を合わせることができなくて、「ごめんなさい」と深く項垂れた。


「ずっと、連絡もしないで。ねえ。仕事は。向こうで就職したんじゃないの。こんなところにいていいの」


 肩を押された拍子に、背後にいた買い物客にぶつかってしまった。


「ごめんなさい」


 半身で振り返りながら、誰に対する謝罪なのかわからないな、と思った。

 なにかに気づいた母がようやくわたしの肩を放す。深くため息を吐いて、冷静さを取り戻したようだ。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る