第4章 代償と余命

4-1 どきどき

 カレーは好きですか、と訊かれた。どちらかと言えば好きだ。返信する直前に、素直に受け止めていいものだろうかと思考が逸れた。


 こんばんは。突然ですけど、カレーは好きですか。


 メッセージが届いたのは二十分前だ。本当は届いた直後に気づいていた。だけどあんまり早くに返信するのも不審かなと一旦寝かせて、メッセージになにか違う意図が含まれている可能性に思い至ってから、あっと言う間に時間が溶けた。


 既読をつけるのすら躊躇われて、二十分間、ずうっと通知欄でふたつのメッセージを行き来している。


 こんばんは。突然ですけど、カレーは好きですか。こんばんは。突然ですけど、カレーは好きですか。こんばんは。瞼が重たくなってきた頃に、手のひらでスマホが震えて、びっくりして床へ落とした。


 足元で鈍くて重たい音。続いて、隣の部屋からも、うっすらと物音。

 わたしは観念して、おそるおそるスマホを拾い上げた。


『肉じゃがを作ろうとして失敗しました。余ってしまったので、もし迷惑でなければ少しもらってくれませんか』


 わたしは二分もしないうちに『ぜひ』と返した。


 隣室のドアが開く音がしたので、軽く身だしなみを整えてから玄関に向かう。インターホンが鳴らされるのをじっと待つ。スマホの時刻表示が何度か切り替わった頃に、ようやく音がして、わたしは数秒足踏みしてから靴を履いた。


「わっ」


 声が上がって、一瞬、勢い余ってドアと衝突してしまったのかと肝が冷えた。中途半端に空いたドアの隙間から顔を出すと、目を丸くした公星くんと近いところで視線がぶつかった。


 公星くんは肘からビニール袋を提げて、スマホを握った左手と空いた右手を顔の前に浮かせていた。ちょうど、扉を開ける前のわたしがそうしていたように。


「ごめんなさい。ちょっと、びっくりして」


 右手で前髪を撫でつけるようにして目元を覆い、力なく俯いてしまう。


「いえ、ごめんなさい、こちらこそ。急に開けたりして」


 精一杯気づかないふりをしたつもりだった。だけど公星くんがなにかを言いたそうに呼吸を彷徨わせるので、結局、じっと彼の言葉を待った。


「おかしくないですか」





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