回想4-4

「え、うそマジかごめん。言っとくけどそういうつもりじゃないから。花緒がくれるものならなんでも嬉しいって言いたかったんだ」


 わたしはいよいよ決壊した。んだよ、惚気かよ。瑞希が吐き捨てて去っていく。五十嵐が彼女泣かしたー。周囲が囃し立てる。


「待って待って、なんで泣くの。おまえらこっち見んな。ああ、もう」


 こっち、と陽輝が手首を掴んだ。焦っているせいかいつもより乱暴だった。こんなふうに彼の熱を受け止めたのははじめてだ。喧騒が遠のくほどに体温が一度ずつ上がっていく心地がした。


 屋上へと続く階段の途中で陽輝が振り返る。


「ごめん」


 陽輝が口を開くよりも前に、わたしは謝った。


「なんで謝るの」

「しょっぱかったでしょ」

「平気だって言ったじゃん」

「わたしのせいであんなふうに冷やかされて」

「俺は気にしてないよ」

「いつも、」

「うん?」


 その先が言えなくなって、唇を強く引き結ぶ。


 うんざりするほど、あなたに甘えてばかりいる。あそこで泣かなければ、彼女じゃないってわたしがひと言言い返していれば、わたしのせいなのって弁解していれば。いくつもの罪を自覚したって、毎回そのひとつすら実現できない。どうか彼が気づきませんようにと祈ってすらいる。


 思い出したように恥ずかしくなった。とてもじゃないけど、顔を上げていられない。


 陽輝の手がほどけた。呆気なく温度が遠ざかっていくのに、みっともなく縋りたい衝動に駆られる。行かないで。あなたを纏っていないと、わたしはここで生きてゆけないの。


 願うよりも早く、陽輝がわたしの顔を真横からまともに覗き込んだ。陽輝はわたしの二段下に立っていた。見上げてばかりの眼差しは真横で見ても眩しかった。


「明日からさ、お昼はふたりで食べよう。体育館の方に静かなところがあるんだ」

「でも、陽輝、男の子たちと食べてるでしょ」

「あいつらと花緒だったら、花緒を選ぶに決まってるだろ。それとも、花緒は俺とじゃ嫌?」

「嫌なんて」

「他の誰かと食べてるなら、無理にとは言わないけど」


 わたしは何度も首を横に振って見せた。陽輝が安堵したように吐息を零す。


「ん、じゃあ、よろしく」


 ぬるい温度を感じて見下ろすと、陽輝の人差し指がわたしのそれに引っかかっていた。顔を伏せた拍子に目尻から雫が零れ落ちる。それは止めどなく湧いて、また陽輝を困らせた。


「花緒は泣き虫だな」


 制服の袖を手繰り寄せて、鼻から口元を覆って息を殺す。わたしは嘘吐きだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る