回想4-2
わたしはやっぱり曖昧に首を傾げて逃げ出した。わたしのいなくなった教室で、瑞希たちはわたしと陽輝の話をしている。踏み出した廊下の先にそのまま踵が沈み込んでいきそうに気分が重たい。瑞希は誰とでも近い。だけどその分、お互いの本当の部分はとても遠いところにあるような気がする。
噛み合わない以前の問題だ。遠すぎてすれ違うことすら難しい。あのブラウニーは、瑞希だからと作ったものなのに。
ブラウニーが入った袋を、胸の前で大事に抱えて廊下を進む。握りしめたせいで潰れてしまわないか怖かった。もうこれしかないのに。
陽輝は窓際の席にいた。ドアの陰からその横顔を眺めていると、近くにいた男の子と目が合う。
「五十嵐!」
そのひとが黙ってわたしを指さすのと、陽輝が顔を上げるのは同時だった。冷やかしをかき分けるようにして陽輝がやってくる。早く来てほしいのと同じくらい、早くここから離れてしまいたかった。だけど陽輝のほかに、わたしが流れるところなどない。
「どした?」
「あのね、」
言い淀むわたしの胸元を一瞥して、陽輝が肩を押した。
「廊下出よう」
そのまま扉の陰へ誘導されて、不躾な視線から解放される。陽輝の腕の中で、ようやく胸を撫でおろした。
「あのね、バレンタインのチョコを持ってきたの」
「俺に?」
間近から見上げた陽輝はなんだかあどけない眼差しをしていた。心の底から驚いたような表情がおかしくて、わたしは「当たり前でしょ」と笑う。
「えー、マジか。うれしい。どうしよう」
「どうしようって。食べてよ。食べてくれる?」
「え、うん。そりゃもう。当たり前」
陽輝がえーとかわーとか言いながらブラウニーを摘まみ上げるのを、わたしはただじっと見ていた。そこには届けたいひとに届いているという、満ち足りた感覚があった。
だけどそんなぬるい空気が、鋏を入れるみたいに唐突に切り裂かれる。
「五十嵐くんそれ食べちゃだめ!」
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