回想4
回想4-1
四限が終わると同時に、男の子たちが廊下へ飛び出していった。今日は週に一回、購買のパン屋さんで揚げたてのカレーパンが提供される日だ。絶品と評判だが数量限定のそれを求めて、毎週水曜日のお昼は騒々しくなる。わたしはスクールバッグに手を突っ込んでゆったりと立ち上がった。
「瑞希」
少し離れた席の彼女は、既にスティックパンを咥えていた。リボンの包装を軽く整えてから瑞希の前にそれを差し出す。
「これバレンタインの」
「マジ? あたしなんも持ってきてないや。帰りなんか奢るね」
「いいよ気にしなくて」
「腹減ったから今食べていい?」
「いいよ」
食べかけのスティックパンを指の間に挟んで、瑞希が袋に手を突っ込む。摘まみ上げたチョコレートブラウニーは、わたしが昨夜半泣きで作ったものだ。
「なに食ってんの?」
「瑞希いつもなんか食べてるよねえ」
「花緒がくれたの。食べる?」
前方のドアから入って来た女の子ふたり組が瑞希の席まで流れてきた。瑞希と親しくて、わたしとは遠い人たち。瑞希はわたしが贈ったお菓子を流れるように彼女たちへ向かって突き出した。
「えーっいいの?」
そんな風に声を上げて、遠慮とか、喜びとかがないというように、当たり前に袋をつかみ取った。あっと思う暇もなかった。
「ありがと香住さん」
すぐ傍で微笑まれて、わたしは曖昧にうんと頷いた。交わったようで、その実わたしたちは余計に遠ざかっていく。透明な袋の中に艶っぽいピンクの爪が次々と突っ込まれていくのを眺めて、わたしは顔が引きつった。爪先から温度が抜けていくような緊張感に、いてもたってもいられなくなる。
「わたし陽輝にも渡してくるから」
「出た彼氏」
「やっぱ五十嵐くんと付き合ってるってマジだったの?」
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