3-26 間に合って

「出てください」


 わたしが促すと、彼はスマホを床に置いた。スピーカーに切り替えてから応答する。


「はい」

『奏汰?』


 やや遅れて公星くんがお父さん、と囁いた。


『今、病院の電話からかけているんだ。さっき母さんがそっちに行っただろう』

「うん」


『お医者様がね、おばあちゃんが、今夜が山場だろうって。さっき容態が急変して』


 わたしは思わず公星くんの表情を見た。彼は呆然と凍り付いたまま画面を見下ろしていた。


『最後に会ってくれないか』


 頼む、と重ねられて、公星くんが揺らぐ。力なく首を持ち上げた先でわたしと視線がぶつかる。わたしは、


「たった一瞬でも、会うべきです」


 その一瞬がこれから一生、あなたの支えになるはずだから。

 公星くんの頬を伝った涙が画面に落ちて、ぱたり、と音を立てた。


「すぐ行く」


 手の甲で目元を拭って、彼が立ち上がる。部屋に戻った隙にわたしもスマホを手にした。地元のタクシー会社を検索してそのまま電話をかける。


『はい』

「あの、今からタクシー一台手配していただきたいんですけど」

『あー、申し訳ないんですけどねえ』


 続いた言葉に息を呑む。


「四十分、ですか」

『台風の影響でねえ』


 閉ざされたドアの向こうでは絶えず強い雨音が続いている。わたしはひとまず通話を切った。


「タクシー四十分待ちらしいです」


 荷物を手に戻ってきた公星くんに告げると、彼は顔を青くした。


「花緒さんの自転車借りてもいいですか」

「でもこの雨じゃ」


 どこかに雷が落ちたらしい。空気が震えた。ふたりとも凍り付く。血流が激しく全身を巡って思考が絡まる。こういうときに車があれば。過らせて、瞬時に思い至る。次の瞬間には通話をつないでいた。


『もしもし』

「陽輝っ、ごめんね急に、運転中だよね」

『大丈夫だけど。それよりどうしたの』

「あのね」


 どこから説明するべきだろうか。縺れた思考では判断がつかなくて、


「助けてほしいの」


 ただ彼の優しさに縋ることしかできない。





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