3-25 推すということ

 自分は誰ともつながれない、誰も愛せない芯まで冷酷な人間なんじゃないかと思えて、自分が大嫌いだったあの頃。あなたと出会って、わたしにも誰かを愛おしく思う人間らしい心が残っているのだと知って生きる価値をもらえたように感じた。許されたように思えた。あなたを見つめる間だけが、唯一わたしがわたしを肯定できた瞬間だった。


 あなたがわたしの存在価値だった。わたしのすべてをあなたに預けていた。


「だけどそれは恋じゃない」


 彼に焦がれたこの気持ちを、まちがっても恋などと称したくはない。


「触れられなくてもいい。ただ健やかであってほしい。わたしの好きは、そういう好きです」

「どうして、」


 ようやく公星くんが顔を上げる。


「どうしてそんなにおれを思ってくれるんですか」

「推しなんです」


 ガチ恋と呼ぶには温度が低く、純愛と呼ぶには欲深い。献身と呼ぶにも、わたしはわたしのことを大事にしすぎている。


「昔も今も、どこにいても、そこにいるだけであなたを見るともう少し生きてみようと思える。応援していて、こっちも励まされたような気持ちになる。当たり前に挨拶できることが嬉しくて、心穏やかに話せることが幸福で、あなたの気配を感じると孤独が薄れて、わたしは今、ここでわたしと同じように、ただ生きているだけのあなたに救われているの」


 あとは静かに朽ちていくだけだったわたしに、未練が、欲が生まれた。

 もう少し生きてみようと思ったのは、あなたの焼き切れた眼差しがわたしを貫いたからだ。


 遠くから目を凝らして静かに見上げていたあの頃と変わらぬ心で、今もあなたに救われている。あの頃、あなたは紛れもなくわたしの光だった。今はたぶん、少し形を変えて、やはり変わらず救われている。


「あなたとここで会えてよかった。あなたはわたしの、特別に大切なひとです」


 公星くんの丸い瞳から涙が溢れた。そのとき、どこかでスマホが震える音がする。ふたり同時にポケットをまさぐる。わたしのではない。公星くんは自身のスマホを両手で握りしめたまま呆然としていた。




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