3-24 本当の姿

 公星くんは『リヴァステ』初演からメインキャラのひとり、七海真宵くんを演じていた。それが彼のデビュー作だった。真宵くんはわたしと公星くんが出会った象徴でもあり、俳優公星奏汰の依代ですらあった。


 そうして依代を失った彼は、俳優としての輝きすら失った。


「おれは、こんな風に花緒さんに優しくしてもらえるような人間じゃないんです。普通のひとなんです。だからもう放っておいてください」


 顔を伏せたまま、特別になんてなれないと呻く。高校卒業から間もなく華々しくデビューした彼は、界隈でシンデレラボーイともてはやされていた。そういったわたしたちの小さな行いの積み重ねが、彼をこの場所に導いている。


「おれはもう、許されたい」

「それは、誰に」


 震える声で問うた。

 せかい。掻き消えそうにか細い声で彼は呟いた。わたしは頭が真っ白になった。


 大学に入ってすぐの頃、わたしは世間に紛れようと必死だった。みんなの真似をして興味のないサークルの見学に回った。コンパだって誘われたら一度も断れなかった。SNSでバズっていた話題の赤いリップも衝動的に買ってみた。


 だけどそうやって無理をして入り込んだ場所では、わたしはわたしの形を保てなかった。似合わないリップは二回だけ使って、すぐにインテリアになった。朱に交じっても赤くはなれなかった。一面赤色だらけの世界で、自分の青さがより際立っただけだった。


 すっぴんのまま豪華なドレスを着せられて夜会に放り込まれるような、あの恥ずかしさと虚しさが蘇る。必死に足掻いても馴染めなくて、せめて誰にも迷惑をかけまいと息を潜めて生き延びる息苦しさと、そこに芽生える願い。ただ、許されたい。


「好きです」


 公星くんの肩が震えた。

 ──本当に、望みなんて大層なものはないの。


「わたしの中にはもうなにもないって思ってた。だけどあの日、あなたを見て、胸の中に好きがいっぱい溢れたの。あなたのこと、好きで好きでどうしようもなかったことを思い出した」





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