3-20 遠ざける
「どうする」
陽輝がわたしを見遣る。わたしは屋外に視線を投げた。豪雨は吹き荒ぶ風に合わせて強くなったり弱くなったりを繰り返している。悩む素振りを見せてから、わたしはおどけるように片足を上げた。
「今日のパンプス、走れるやつ」
「そっか」
陽輝は呆れたような笑みを零した。それから近くに停めておいてよかった、とスマートキーを取り出す。わたしたちは顔を見合わせて、せーので駐車場へ飛び出した。
雨粒は素肌に突き刺さるように大きく鋭い。足音すら塗り潰すほどに鼓膜を支配する雨音の隙間で、雷鳴だけが鮮明に聞こえてくる。ふたりほぼ同時に車へ乗り込んで、大きな声で笑った。
「やばすぎ。見てこれ」
「メイクぜんぶ落ちたかも」
「あ待って、タオルあるわ」
陽輝が後部座席に手を伸ばす。間近に迫った彼の肩の辺りはシャツがぴったりと張り付いていて、肌の色が透けて見えるほどだった。
「使い終わったら次俺に貸して」
「え。陽輝が先使っていいよ。わたしハンカチあるし」
「ハンカチで足りる? それ」
「足りないかも」
髪から首を伝った水滴が服の中に入り込んでくる感覚が不快だ。ワンピースの裾が脚にぴったりと張り付いて、中の形が露わになっている。さすがに手を入れて拭くことはできないので、ハンカチで上から抑えた。
「このあとどうする」
問われて見上げる。陽輝は首のあたりにタオルを当てながらわたしを見下ろした。その瞳が、わたしの顔から首、胴、爪先へと滑っていく。わたしは脚を体の方に寄せて答えた。
「今日は早めに帰ろっか。風邪引かないように。ね」
陽輝は少し間を置いてから、だな、と頷いてくれた。
「やっぱり今日の花緒、なんとなくぼーっとしてたかも。ゆっくり休んだ方がいい」
わたしは曖昧に微笑んで顔を伏せた。わたしには、暴風雨の中で喘ぐよりも、ぬるい倦怠感に満ちた車内で息を潜める方が生きた心地がしない。
屋根を叩く激しい雨音が不自然に空いた隙間を埋めてくれる。豪雨の影響で車の流れが緩やかになっている。おかげで、アパートに着くまでにいつもよりも時間を要した。
少し、露骨に避けすぎたかもしれない。モニターに表示される時刻がひとつ進むごとに後悔が押し寄せて、体温を失った爪先からじわじわと蝕んでいく。
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