3-19 思春期のふたり
「あったねえ、そういえば」
わたしも一呼吸置いてから頷いた。首は前に向けたまま動かさない。陽輝もわたしを見る気配はない。穏やかに探り合うような距離感だった。
高校生の頃、わたしと陽輝が付き合っているのではないかという噂が流れた。それは一時的なものではなくて、卒業まで続いた、ほとんど学年の共通認識みたいなものだった。
「恋愛ものやってないのにな」
「しかもわたし音響だったのにね」
不思議だね、という言葉が空々しく跳ねる。三文芝居だ。誰かが聞いたら鼻で笑ってしまうほど馬鹿げたやり取りを、わたしたちは薄氷を進むように慎重に交わしていく。ひとつ間違えたら今まで積み重ねたものがひと息に瓦解してしまう。そんな予感を、わたしたちは口に出さずに共有している。
「あのくらいの年齢って、なんでも恋愛に変換するのが好きだから」
つい最近どこかで聞いた言い回しをそのままなぞる。陽輝が苦笑した。
「本当。ちょっと褒めたら、お前のこと好きらしいよーなんて間違った形で本人に伝えられちゃうんだから。迂闊に好きなんて言えないよ」
思春期の恋愛には、脆くて速くて、それだけが世界のたったひとつみたいな切実さがあった。わたしは思春期を抜ければその息苦しさから解放されるのだと密かに期待していた。だけど、むしろ大人になるにつれてそういうことが当たり前になって、逃げ場のない一本道に追い込まれていくような閉塞感に襲われた。
わたしには、たったひとつの好きが苦しい。彼はその逆。輝かしい舞台にいた公星くんは、わたしよりもたくさんの好きに触れたはずだ。
耳の奥で、まだ新しい声が悲痛に叫んでいる。同じ好きかわからない。それを若さと断じてしまうのは、あまりに罪深い。
だって、彼を不安に追い込んだのはほかでもないわたしたちだ。
意図しない形で彼を消費して、もどかしい思いをさせて、それでも進むしかない彼を追い込むように走らせて、その果てに擦り切れさせたのがわたしたち。ようやくわかった。彼を舞台から引き摺り下ろしたのはファンだということを。
会話をしながら映画館を出た。ショッピングモールの出入り口に辿り着いたところで、先に陽輝が気づく。彼が、うわ、と言うのと落雷が重なる。近くで女性がきゃあっと悲鳴を上げた。室内からでもわかるくらい激しい雨が降っている。
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