3-17 好き
「もうずっと会えてないって、せめて顔だけでも見たいって言ってたんです。あなたのこと、すごく心配してるみたいだった。顔を見せられないなら、せめて電話くらいしてあげた方がいいんじゃないですか」
「嫌です」
「どうして」
「花緒さんこそ、家族でもないのに、どうしてそこまでおれに構うんですか。関係ないじゃないですか」
まったくその通りだ。部外者のわたしが家族の問題に無遠慮に踏み込むべきではない。だけど目の前で今にも泣き出しそうに瞳を揺らす彼を、見捨てるなんてできない。
「あなたのことが好きだから、幸せでいてほしいんです」
オタクの原動力なんていつもそんなものだ。舌に乗せて、心臓の一部を引き千切ったかのような痛みを覚えた。全身を熱く速く巡る血流が、迸った言葉の重みを訴えてくる。
公星くんが瞠目して、唇を震わせた。
「ガチ恋ってやつですか」
きれいに着飾ることもできず剥き出しのまま差し出した心がずたずたに切り裂かれていくのを感じた。
「それとも純愛ですか」
乾いた笑いのようなものを零れさせて、公星くんの口角が細かく痙攣する。強い感情と理性の間に取り残されたような、ちぐはぐな顔だ。
「ちがいます」
わたしは何度もちがいます、を繰り返した。傷口から溢れる血のように止まらなかった。手が白くなるほど強く抑えた胸の内で、心臓が不規則な脈を打つ。その隙間で叫んだ。
「好きなだけじゃダメなんですか」
彼はダメです、とは言わなかった。代わりに、
「同じ好きか、わからないじゃないですか」
視界の先で公星くんがぐらぐら揺れている。瞳を覆う涙のせいかはわからなかった。それを判断するには、彼から放たれる声はあまりにも不安定すぎた。
「同じ気持ちでいられないことが、おれは怖いです」
とうとう涙が零れたのと公星くんが踵を返したのと、どちらが早かっただろう。こんなに胸が張り裂けそうで、実際全身全霊をずたずたに切り裂かれたのに、わたしはまだ立っていられる。なにも届かなかったという無力感よりも、彼の心の隙間から零れた熱を受け取ってしまったという衝撃の方が大きかったのは、わたしが彼を好きであることの証左のように思えた。
あんまり面白くなかった、と言われて、わたしはえっと振り向いた。困ったように首を傾げた陽輝と目が合って、ようやく問いかけられていたことに思い至る。
「ううん。面白かったよ。どうして」
「だって、ずっと上の空だったように見えたから」
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