3-14 彼女もまた、会いに来た

「はーっ。生き返った」

「はは」


 公星くんの声が楽しそうに跳ねる。上機嫌に柵に寄りかかると、うっとりとわたしの顔を覗き込んだ。


「おれも一緒に見たい派です」





『台風情報です』


 お天気キャスターのお嬢さんの隣で、気象予報士が真面目な顔を作る。先週北西太平洋で発生した台風十三号は、ゆるやかなカーブを描きながら東日本を直撃する予定だ。


 九月も目前に迫った夏の終わり。一日の仕事を終えて、わたしはまだ明るいうちにアパートへ帰った。

 外階段を上りきってすぐに飛び込んできた人影に、大袈裟でなく心臓が止まるかと思った。


 青白い顔をした妙齢の女性が、ドアの前にじっと佇んでいる。そこは公星くんの部屋だった。耳を澄ますと、断続的にインターホンの音がうっすらと聞こえてくる。体重を預けるように指先を押し込んで、じっと息を潜める。少しして、また押し込む。その繰り返し。


 突然そのひとと目があった。お互いに悲鳴を喉元でぎりぎり抑え込んだみたいに体を揺らす。少し考える間を置いて、そのひとは道を開けるみたいにドアから距離をとった。


 わたしは少し迷ってから歩き出す。そのひとの前を通り過ぎる寸前、自分の部屋の前で立ち止まる。バッグを漁っている最中も右肩あたりに注がれる視線が痛かった。


「あの」


 鍵を差し込むとほぼ同時に呼びかけられる。


「この部屋、誰か住んでいますよね」


 わたしはおおいに迷って、そうですね、とだけ返した。どうせコテージを見られたらばれてしまう。


「もしかして、このひとだったりしませんか」


 そう言ってからスマホを取り出す。もたつきながらも忙しなく動き回る人差し指を呆然と見下ろして、なんだかデジャヴなんて思った。


 ようやく差し出されたスマホには予想と違わず公星くんが映し出されていた。表情を拡大されているせいで胸元までしか見えないけど、おそらくスーツ姿だと思われる。この画像、どこで出たものだっけ。一瞬だけ思考が泳いだ。


「公星奏汰っていうんですけど。知りませんか」


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