3-13 走る

 そこにいるふたりには誰も気づかない。ただ、満ち溢れたように幸せそうなふたりの笑顔が当たり前に風景に溶け込んでいる。その美しい光景に、しばしわたしは見惚れた。


 ポケットでスマホが震える。公星くんからLINEが届いていた。打ち上がる花火の写真が添えられている。


『ベランダから見えました』『花緒さんもどこかで見てますか?』


 踵を返して、駅の外へ出る。コインパーキングの敷地に戻ってから空を見上げた。破裂音と一緒に夜空に大輪の花が咲く。


『はい』『いま見てます』


 短く返して走り出す。自転車を拾い上げて来た道を猛スピードで引き返した。


 会いたくて走る理由は、恋じゃなくてもいいはずだ。


 アパートの駐輪場まで辿り着くと、コテージから夜空を見上げる公星くんの横顔が見えた。さっきから喉がおかしな音を鳴らしているし、もう力が入らなくて膝が震えているけど、なんとしてもわたしはそこに行きたい。


 部屋に雪崩れ込み、鍵だけ閉めて、体ひとつで窓辺に到達する。


「はあっ」


 コテージに躍り出て、ほとんど倒れ込むように柵にもたれた。


「かっ、え!? どうして。れんと駅に行ってたんじゃ」


 激しく咳き込むわたしを見下ろして、公星くんは飛び上がった。わたしは息も絶え絶えになりながら、首だけ彼を見上げる。


「隣で見たかったので、帰って来ちゃいました」


 言い切って、乾いた笑いが込み上げる。喉が引き攣ってまた激しく咳き込む。


「だっ大丈夫ですか。息できますか。麦茶ありますよ」


 公星くんが部屋の中から紙コップを引っ張り出してくる。脇においてあったポットから麦茶を注いでくれた。柵越しに差し出されたそれをわたしはありがたく受け取る。一気に半分くらい飲み干して、お酒でも煽ったみたいに大きく息を吐き出した。





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