3-12 あの子に会いに来た

 受け取った帽子を胸に抱いて、


「はむちゃん、まだ家族に会えてないんです。実家に連絡したら帰ってないって。もしなにかあったら、はむちゃんのことお願いします」


 このひとは今日、友達に会うためにここに来たんだ。渡された言葉で、それを強く実感した。


 駅の手前まで差し掛かると、構内から大量の影が溢れてくるのが遠くからでも見えた。その中には鮮やかな浴衣姿も多い。ゆったりとした足取りで、集団は駅の入り口から千切れるように流れ出てくる。


「こっちです。急いで」


 自転車を路肩に停めて、わたしは隣接するコインパーキングの敷地へ突っ込んだ。帽子を被り直した兎堂くんが追ってくる。


 もう時間がない。数分以内に、今ホームに滑り込んできたばかりの電車が、彼女を連れ去ってしまう。敷地を走り抜けて改札へと至る頃には、兎堂くんはもうわたしの先を走っていた。


「ゆきちゃん」


 わたしは彼の肩越しに、改札の向こうで流れに逆らって進む女性が弾かれたように振り向くのを見た。唇が動く。聞こえなくてもなにを言ったのかは容易に想像ができた。それは、彼が彼であることのしるし。


 ぴ、と軽快な音がして、兎堂くんの体が改札の向こうに吸い込まれていく。彼は一度わたしを振り返った。


「おれ、このまま一緒に帰ります。電車の中からでも、きっときれいに見えるはずだから」


 瞬間、空気が震える。凄まじい轟音が鳴り響いて歓声が上がる。ばらばらばら、と火花の散る音に交じって、まばらな拍手が聞こえた。


 ふたりは人だかりを避けるように身を寄せ合って、ホームへと向かっていく。周りの目なんて気にする素振りすら見えない。全身を震わせる轟音なんて届いていないみたいに、ふたりの間でだけ交わされる言葉に夢中だ。





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