3-11 警告

「お姉さんはこれから、はむちゃんの色んなことを知っていくんだと思います。それでその中には、たぶん、知らなかった方がいいこともある。お姉さんにとって、はむちゃんは特別なひとかもしれない。だけどおれにとって……おれの知るはむちゃんは、頑張り屋さんで、動物が好きで、ペットが死んだ次の日の授業中に思い出して泣いちゃうような、どこにでもいる普通の男の子なんです。だからもし、お姉さんが特別ななにかを期待してあそこにいるなら、いつかお姉さんの方がつらくなっちゃう。せめてその前に」

「わたしね、あの部屋に逃げてきたんです」


 まだ続く不穏な鼓動が、わたしをあの部屋へ駆り立てた理由を思い出させてくれる。


「誰にも会いたくなくて、ひといきに死ねるような思い切りもなくて、あの場所に隠れてたんです。そうしたら、あのひとがいた。だから全然そんなつもりじゃないんですよ。望みなんて、そんな大層なものはなくて、今はただ静かに生きたいだけなんです」


 わたしは目深に被っていた帽子を取った。ぬるい風が髪を掬い上げて、隙間から地肌を撫でていく。頭が冷えていく。少しずつ体が軽くなっていくようだ。


 パトカーは既に見えなくなっていた。


「ありがとうございました」


 振り向いてそこにいるはずの影に帽子を差し出す。兎堂くんはあどけない瞳を見開いて呆然とわたしを見上げていた。


「あの」





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