3-8 追いかける
「はむちゃんが元気でいてよかった。体に気をつけて、くれぐれも無理しないでね。お姉さんも。今日は付き合わせてごめんなさい。失礼します」
兎堂くんは迷いのない足取りで部屋を出ていった。振り返ることはなかった。
公星くんが呆然と玄関を見つめている。わたしは彼とその視線の先で何度か瞳を往復させて、
「お世話になりました!」
「え!?」
公星くんの混乱を背に受けながら、わたしも玄関を飛び出した。
「兎堂くん!」
パンプスの踵を派手に鳴らしながら廊下を駆ける。駐車場でスマホを覗いていた兎堂くんが振り返る。
「足は!」
「タクシーを呼びます!」
「交通規制が始まってるから、たぶん動けません!」
兎堂くんの白い顔が青ざめる。わたしはポケットから鍵を取り出して頭上に掲げた。
「送ります!」
兎堂くんが目を細める。たぶん見えていない。わたしは慌てて階段を駆け下りた。そのまま駐輪場に立ち寄って、自転車の鍵を解く。
「乗ってください」
先に跨って、後ろの荷台を親指で示す。兎堂くんがぽかんと口を開いて固まった。そうしていると、年相応のあどけなさが目立つ。
本当は車かバイクだったらもっとかっこよかった。鍵だって自転車用の小さいやつで、たぶん兎堂くんには伝わっていなかったし。わたしは本当に下手くそだ。
小柄な体躯が荷台に跨ると、車体が大きく傾いた。
「掴まっててください」
言ってから不安が過る。この体勢だと、捕まる場所なんて──心が揺らいだのも束の間で、兎堂くんが荷台部分をがっちりと掴む。
「お願いします」
「動きます」
わたしはペダルを強く漕ぎ出した。車体がぐらぐらと大きく揺れる。兎堂くんの命を握っている。全神経が理解した。
「こういうこと、しないひとだと思ってました」
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