3-7 お別れ

「おれはてっきり、一緒に見られるものだと」


 あっ、とわたしと兎堂くんが同時に声を上げた。


「えっと、ごめんね、先言っとけばよかったね」

「いや、うん……おれが勘違いしてただけだから」


 恥ずかしい、と項垂れる様に既視感を覚える。またあの夜と同じだ。わたしも勝手に狼狽えた。ちょうどそのとき、テーブルの上でスマホが震える。兎堂くんのものだ。


「ちょっと出てくる。えっと」


肩を落とす公星くんを躊躇いがちに見下ろして、次いでわたしを捉えた。まさか。


「すいません、あとお願いします」

「えっえっ」


 短く言い残して、兎堂くんはさっさと玄関の方へ消えてしまった。リビングにはしょんぼり気落ちした公星くんとプレッシャーに圧し潰される寸前のわたしだけが残される。

 わたしは、なにをお願いされたのだろう。


「あの」


 知恵を振り絞って、わたしはなんとか口を開く。


「そんなに気にしなくて大丈夫です。離れた場所で同じ空を見上げるのも、それはそれでロマンチックですから」

「えっ」

「……ごめんなさい」

「あ、いえ。はい。素敵……ですね。ありがとうございます」


 大事故だ。わたしは顔を覆った。


 そもそも人見知りなうえに推しと接触できないオタクのわたしが、こんな場面でうまく立ち回れるはずがない。ありきたりな応援が許されるお渡し会よりも何百倍も難易度が高い。早くこの時間が終わってほしい。誰か剥がしにやって来てくれないだろうか。


「えっ」


 廊下の奥から声が上がった。わたしたちは一斉に振り向く。


「うん……うん。いや仕方ないよ。気にしないで。また来年……待って。今どこにいる? 何時の電車?」


 スマホを耳に当てたまま、兎堂くんが早足で戻ってくる。椅子に置いてあった荷物を肩に掛け、通話を切った。


「ごめんはむちゃん。おれもう出るね」


 柔らかそうな髪をバケットハットへ乱暴に詰め込み、来たばかりの廊下を戻っていく。


「どこ行くんだよ恋」

「駅。約束してたひとがトラブルで都内に戻らなくちゃいけないらしいから」

「花火大会は」

「無理だね。ごめん、また今度一緒に見られたらいいね」


 スニーカーに足を突っ込んだ兎堂くんが振り返った。




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