3-5 断罪

「どうぞ」公星くんが椅子を引いて、兎堂くんはわたしをそこへ押し込める。わたしはすとんと落ちた。


 公星くんが目の前に麦茶を置く。兎堂くんが適当な雑誌で隣から仰いでくれる。さっきから他人の家で自由だな、と見たら、裏表紙に兎堂くんがいた。繰り広げられる光景のシュールさに、かえって落ち着きを取り戻していく。


「ごめんはむちゃん。雑誌曲がっちゃった」

「いいよ。また買えば」

「お買い上げありがとうございます」

「ふ」


 思わず吹き出す。わたしを見下ろして、公星くんは「もう大丈夫そうですね」と表情を和らげた。


「ご迷惑をおかけしました。落ち着いたら、すぐに出ていくので」

「そんな。ゆっくりしていってください」

「でも」

「心配なんです」


 まっすぐ射抜かれて言葉に詰まる。瞳が不純物を取り除いた宝石みたいに澄んでいる。わたしは抗えない。


「そうですよ」


 わたしの心の揺らぎを見抜いたみたいに兎堂くんが言葉を継ぐ。


「おれ、お姉さんとお話したかったんですから」


 緊張が走る。兎堂くんが自分のコップを持ってわたしの目の前の席に着いた。


「さっきおれのファンじゃないって言ってましたけど。じゃあもしかして、はむちゃんのファンですか?」


 冷や水をぶっかけられたみたいに体温が下がった。このひとは、わたしを責めるためにここにいるひとだ。直観して、膝の上で拳をきつく握り込む。深呼吸をして、慎重に口を開いた。


「はい」


 たった二音を発するのに、ずいぶんと時間を要した。


「やっぱり!」


 兎堂くんがわかりやすくはしゃいでみせる。丸くて可愛らしい声がテーブルの中央で空々しく跳ねた。


「たまたま引っ越した先でお隣さんがファンなんて、奇跡だね」

「そうだな」

「お姉さんもびっくりしたでしょう? 隣に好きなひとが住んでて」

「そう、ですね」

「こんな幸運ってあるんですね」


 幸運。ひどく歪な言葉だ。その醜さに眩暈すら覚える。だけど本当に醜いのは、わたしの有様だ。流れるままに彼の隣に居座って、波立つ本心を隠し続けている。彼はまだなにも知らない。わたしがどれほどあなたに焦がれたか。今もなにを思っているか。そうして、彼自身の危うささえも。




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