3-3 小悪魔の罠

 兎堂くんに悪戯っぽく問われて、わたしはわかりやすくたじろぐ。


「ファンってわけでは。いやでもすごく可愛らしくて素敵だなーとは思っていて」

「こら恋。花緒さんをいじめるな。すみません花緒さん、こいつの言うことはあんまり気にしなくて大丈夫です」


 公星くんの口から放たれた言葉に、一瞬にして体温が急上昇する。『こいつ』、年齢相応の男の子の言葉だ。興奮を抑えるわたしを見つめて、兎堂くんはそっと目を細めた。それから隣の公星くんに尋ねる。


「はむちゃんの知り合い?」

「お隣さんだよ」

「ふうん」


 注がれる眼差しに探るような色を感じ取って、わたしは慌てて頭を下げた。


「はじめまして、公星くんの隣に住ませていただいている香住と申します」


「住ませていただいてるって」と公星くんは苦笑する。その隣で黙りこくる兎堂くんはなにかを思案しているようだ。ふいに「そうだ」と殊更明るく声を上げる。


「お姉さん、時間あります?」

「へ、はい」


 反射で頷いて、少しだけ後悔する。


「じゃあ、こっち」


 ちょいちょいと顔の横で可愛らしく手招きされて、わたしの足は容易く前へと滑り出していた。それは悪魔の囁きに身を委ねるような、底知れない恐ろしさを孕んだ甘美さ。


「散らかってますけど、どうぞ」

「はい?」

「いやおれの部屋だしちゃんと掃除してるし」

「後ろ詰まってるんでどんどん進んでくださーい」


 強引に背を押されて、わたしの足は意思とは無関係に室内へと踏み込んでいってしまう。やばいやばいやばい、わかっていても抗えない。

 助けを求めて公星くんを見る。彼は慣れた様子で、もはや止めるつもりもないようだった。


「はーい閉めまーす」


 あー、と、声を上げる暇もなかった。兎堂くんの宣告から間もなく、がちゃんと無機質な施錠音がやけに目立って響き渡った。




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