3-2 旧友

 斜陽に照らされて色素の薄い髪が朱色の輝きを放っていた。


「れ、れんれん……」


 呆然と呟いたわたしに目を丸めたのも一瞬で、そのひとは耳に当てていたスマホをポケットにしまい込む。にっこりとそつのない笑みを作って、顔の横へ手を掲げた。


「はあい、れんれんでーす」


 テレビで見るよりも声のトーンはいくらか低い。昨日画面越しに見た笑顔をそのままに、兎堂くんがひらひらとわたしに手を振っていた。


「おれのこと知ってくれてるんですね。嬉しいな」

「へっ、あの、毎朝見てて。昨日も」

「わあっ、そうなんですね。ありがとうございます」


 兎堂くんが笑みの形を崩さないままじっと観察してくる。お人形さんみたいに精巧な面立ちに、全身が緊張で固まる。早くここから去って彼を解放しないと。わかってはいるのだけど、引くに引けない事情がある。だって、そこ、公星くんの部屋。


 わたしの視線の先を追いかけるようにして、兎堂くんの瞳が公星くんの部屋のドアを捉えた。


「ああ、おれの部屋じゃないですよ?」


 おどけたように笑ってみせる兎堂くんに、わたしは小刻みな首肯を返した。


「あ、はい。公星くんの……」

「え?」


 その名を口にした途端、兎堂くんの声が低くなる。


「はむちゃんのこと知ってるんですか」


 さっきまでの笑顔をどこかへ置き去りにして、一転、ひどく真剣な顔つきになる。わたしがたじろいでいると、見計らったかのようなタイミングでドアが開いた。


「恋、つまみ作るんだけどなんか食べる?」

「あっ」

「あっ花緒さん」

「こ、こんばんは」

「あっはい、こんばんは。今、これ、どういう状況ですか?」


 わたしと兎堂くんを順番に見比べて、戸惑ったようにわたしに問いかけてくる。


「えっと、わたしは普通に仕事帰りで」

「お疲れさまです」

「あ、いえ。公星くんも一日お疲れさまです」

「おれは別になにもしてないですよ」


 くしゃりとした笑みを向けられて、一瞬にして一日の疲労が浄化されたような気がした。


「このお姉さん、おれのこと知ってくれてるんだって。もしかしておれのファンですか?」




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