第3章 観測者の矜持

3-1 推し増し

『続いてはこちらです。れんれーん!』


 お天気コーナーが終わると、スタジオのアナウンサーがカメラに向かって呼びかけてくる。

 画面が変わって映し出されたのは、マイクを持った美しい青年。


『はあい、おはようございます。れんれんでーす』

「可愛い」


 無意識のうちに唇の隙間から溢れ出す。コーヒーを飲み込んだ後でよかった。一緒に出るところだった。


 わたしには最近お気に入りのリポーターがいる。それが『れんれん』と呼ばれるこの青年、兎堂うどうれんくんだ。

 今年の四月に就任した新人リポーターで、色素の薄い髪が韓国アイドルっぽい、お人形のような愛らしい風貌をしている。

 しかも、公星くんと同じ事務所に所属しているらしい。


『今日は最新スイーツを紹介していきますよ。わあっ、見て見て! とってもカラフルで可愛いー!』


 小動物然とした雰囲気と裏腹に、見る者の理性を無理やりに剥ぎ取るような凶暴なあざとさに撃ち抜かれた視聴者は数知れない。

 未だに女性向けのイメージが強く残る中で、繊細なクリームは兎堂くんによく似合っている。それもそのはずで、兎堂くんを検索するとサジェストに『ジェンダーレス男子』と出てくる。


 中性的な顔立ちは公星くんも同じ。純白のクリームは、きっと公星くんにだって似合うはずだ。

 兎堂くんを眺めながら、公星くんばかりが脳裏を満たしていく。当分推し変の予定はなさそうだ。





 土曜出勤を終えて、迂回路を自転車で進む。今日だけは市街地を避けた方がいいと、会社の先輩が教えてくれた。


「うん。平気。どうせおれも途中までしかいられないし。楽しみにしてるね」


 アパートの外階段を上がっている最中、上階から誰かの話し声が届いた。公星くんのものではない。まだ会ったことのない、ここの住人だろうか。にしてはどこかで聞き覚えがあるような気がする。


 なるべく顔を見られないよう俯きがちに二階へ上がる。上目遣いにそのひとを盗み見て、息を呑む。





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