回想3-3

「子どもだよ。だってこんなに小さい」

「じゃあお兄さんだって子どもだよ。お父さんより小さいもん」

「ええ? 俺は大人だよ」

「大人じゃないよ花緒と一緒だよ」

「わかった、わかったからそんなに怒らないでよ。仲直りしよう」


 やだ、と体ごとそっぽを向く。本当は今すぐ仲良しに戻りたい。だけどここで簡単に許してしまったら、きっと次からもわたしは何時間もここでお兄さんを待つことになる予感がした。


 耳の後ろでお兄さんが困ったようにため息を吐いた。怒ったのかな。体が強張った。その直後、わたしはベンチで座った姿勢のまま飛び跳ねる。


「ほうら、怒りんぼの花緒ちゃんにはこちょこちょしちゃうぞ。仲直りしてくれないとやめてあげないからね」


 お兄さんがわたしの脇腹を指でしつこく擽ってくる。逃げようと暴れても、お兄さんの腕で抱え込まれて動けない。わたしはたまらず笑い転げた。


「笑ってくれるまでやめないぞー」

「やだ! やだー!」


 きゃっきゃっと悲鳴を上げながら、わたしは何度もお兄さんの腕を叩いた。そのうち、お兄さんの指がぴたっと止む。え、と思う間に、お兄さんの体がわたしから離れた。


「ごめん」


 どうして謝るのか、意味がわからなかった。わたしはじっとお兄さんの目を見つめた。お兄さんはしどろもどろになって、なんにもない方向へ目を逸らす。


「や、ほら。よくないよね」

「なんで? いいよ」


 お兄さんが困った顔でわたしを見てくる。さっきまであんなに熱かったのに、わたしはすっかり凍えていた。お兄さんが遠ざかっていく。また置いて行かれてしまう。怖くて膝が震えた。


「やだなんて嘘だよ。全然嫌じゃないよ」

「でもさ」

「ねえ、いいよ」


 わたしはお兄さんの手を掴んだ。これ以上離れないように引き寄せる。元に戻ってほしくて、その手を自分の脇腹に当てた。


「いいよ」


 お兄さんは動かない。わたしも動けない。お兄さんを見上げたままずっと待っている。お兄さんは迷っているみたいだった。それから手を引いてしまう。逃げないでと手を掴むと、お兄さんは握り返してくれた。


 今度はわたしがびっくりしてお兄さんを見る。緊張した様子でお兄さんは口を開いた。


「うち、来る?」




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