2-13 カーテンコール

 パンプスの踵を引き摺りながらアパートまでの道をゆっくり歩く。


 得られた情報はさほど多くはない。前職よりも給料は下がる上に、知名度も低く小規模。けれどなによりも女性が働きやすそうだという、直接肌で感じた印象が、前向きへとわたしの背を押してくれるのを強く感じていた。


 面接の感触もよかった。おそらく一次は通るはずだ。

 けれどこのまま進んでよいものか、二の足を踏む自分がいる。


 結局藤田さんへの挨拶は辞退した。お忙しいでしょうから、なんていうのは建前で、単にわたしがあの人を忌避しているだけだ。


 藤田さんと初対面した日に投げられた言葉のひとつひとつが、わたしの胸に杭のように刺さって抜けない。

 純白のヴェールに落ちた一滴の黒い染みのように、ほかのすべてに抱いた好感があのひとの存在というたったひとつに阻害されてしまう。


 爪先を蝕む痛みに耐えかねた頃、ちょうど公園に差し掛かった。


 昼下がりの柔らかい陽光に包まれた公園は、そこだけ周囲の世界から切り離されたみたいに時の流れが穏やかだ。


 けれどその真ん中に、ぽつんと一点のみ異質な光景が浮かぶ。


 体育座りで地面に腰を下ろした小学生数人に囲まれて、そのひとは軽やかなステップを踏んで見せる。


 春風に揺られて黒髪が宙を揺蕩う。隙間から覗いた端正な面立ちで、そのひとが公星くんだとわかった。


 ……嘘でしょう。昼間からこんな所でなにをしているの。


 路肩に突っ立って唖然と彼の動きを目で追っていると、その一連の動作に既視感を覚えた。よく耳を澄ましてみると、スマホのスピーカー越しにうっすらと聞き慣れた旋律が鼓膜に届いて、わたしは息を呑む。


 公星くんが公園の真ん中で子供たちに披露していたのは、『リヴァステ』初演のカテコ曲、『Bless You Again』だった。


 作品にとってもファンにとっても思い入れの深い特別な楽曲を、舞台を降りたはずの公星くんが、いつか客席から見上げたのとまったく変わらないきらめきを纏って踊っている。


 パフォーマンス中、ふいに一瞬だけ振り向いた公星くんと目が合った。




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