2-11 可能性

「花緒さんが誰かと一緒にいるところ、初めて見ました」

「高校の友人なんです。以前公星くんにもらったチケットが彼が出演していた作品で」

「え! おれの友人も同じ劇団にいるんですよ」


 そういえばあのチケットは公星くんが友人から譲り受けたものと言っていたっけ。思考を巡らせていると、あどけなく目尻を下げた公星くんと目が合った。


「なんだかおれたち、出会うずっと前から近くにいたみたいですね」


 にっこりと上機嫌に言われて、わたしは唇が吊り上がるのをなんとか堪えた。


 隣り合う市出身なのだから、遠い過去にどこかで同じ空間を共有していた瞬間もあっただろう。これまでに何度も夢想してきた可能性を本人から提示されると、否が応でも胸が躍ってしまう。


「そこの文化ホールとか、合唱コンクールで使いませんでした?」


 問われて、記憶の糸を手繰り寄せる。それは不思議な感覚だった。


 いつだって過去を振り返ることは擦り切れるような痛みを伴う行為だった。なのに今、微睡に身を委ねるような心地よさを感じている。なんだろう。公星くんと出会って、ようやくわたしはこれまでの人生に価値を見つけたような気がする。


 固く落とされていた記憶の蓋にわずかな隙間が生まれて、ぬるい風が漏れるみたいに柔らかく過去の営みが蘇っていく。


「そういえば、部活の大会で使った気がします」

「大会?」

「部活の。演劇部だったんです。ちょうどさっきの彼も一緒で」


 公星くんの瞳が輝きを宿した。


「じゃあおれたち、おんなじ舞台に立っていたんですね」


 失態を悟り、一瞬で全身の血の気が引いた。


「同じだなんてそんな、恐れ多いです。プロの方に話すことじゃないですね、すみません」

「プロとかアマチュアとか、関係ないですよ。同じものにときめいて同じものに全力を注いだ。それって素敵なことじゃないですか?」




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