2-10 交錯する時

 体の前で組んだ手は、強く握りすぎて指先が痺れていた。


 見慣れたアパートの駐車場に、見慣れない真紅の車体が滑りこんでいく。

 助手席の扉を開けると同時に冷えた空気が入り込んできて、わたしはジャケットの襟を掻き寄せながら車外に降りた。


「忘れ物ない?」

「たいしたもの持ってきてないから大丈夫。わざわざごめんね」

「俺が言い出したんだから花緒は気にしなくていーの。こっちこそ設営だけのつもりだったのに夜まで付き合わせてごめん」

「久々に一緒にこういうことできて楽しかったよ」


 ちょうどその時、コンクリートの階段を誰かが降りてくる足音が響いた。顔を上げた先で足音の主と視線がぶつかる。公星くんだった。

 珍しいものを見たように目を丸めた公星くんを見つめたまま、無意識に声が漏れる。


「あっ」

「どした?」


 運転席の陽輝が訝しげにわたしの視線の先を追う。わたしは車内に体を捩じ込むようにして彼の視線を呼び戻した。


「なんでもない! 気にしないで」


 知人とはいえ、公星くんがここに住んでいることはできる限り隠しておきたかった。


「それじゃあまた連絡するよ」

「うん。気をつけて」


 胸元で小さく手を振ると、陽輝が目尻に皺を寄せてくしゃりと笑った。「おやすみ」と言う上機嫌な声を聞き届けてから丁寧に扉を閉める。間もなくして、車体はゆっくりと滑り出した。


 砂利を踏みしめる音で首を巡らせると、暗がりへ降り立った公星くんがこちらへと渡って来てきた。


「こんばんは」

「こんばんは。ごめんなさい。うるさかったですか?」

「いえ、おれは今からちょうど出るところだったので」


 こんな時間にどこへ、と目で問うと、公星くんは「バイトです」と教えてくれた。それから唇の端を持ち上げる。





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