2-5 おそろいのふたり

「無理やりじゃないよ。やった方が面白くなるならやるべきものじゃない? それこそ、三年になってから合う作品できるとも限らないじゃん」

「先輩に怒られるよ」

「いいじゃん。怒られちゃえば」


 陽輝が豪快に笑い飛ばす。


「香住さんは俺と一緒に怒られるの嫌?」


 悪戯っぽく瞳を覗き込まれる。気づけばわたしは「嫌じゃないよ」と答えていた。

 陽輝が笑い飛ばしてくれれば、なにが起こっても大丈夫な気がした。


 そうして翌日の稽古中、わたしたちは計画を実行した。

 わたしはいつもよりSEのタイミングを早めて、陽輝はそれをきっかけに袖からではなく客席から登場して、部長に制止されるまで演じ続けた。通し稽古終了後に部長に呼び出されて、ふたりで顔を見合わせる。


「行こっか」


 わかりきっていた結末だ。陽輝がやけに楽しそうにわたしを誘う。


 わたしはすっかり足が竦んでしまっていた。だけど、不思議な高揚感と安堵に胸中を支配されて、気づけば陽輝と同じ顔をして笑っていた。


 ふたりでおそろいの罰を共有した日から、陽輝はわたしにとって特別なひとになった。





 高校卒業を機に疎遠になったきり、こうして顔を合わせるのは実に九年ぶりとなる。


 ロビーの隅っこに設置されたソファーに並んで腰かけると、一気に学生時代の記憶が蘇った。陽輝は九年前より逞しくなっていて、その分、わたしたちの間には少し隙間ができていた。どうしてわたしはあの頃、陽輝と肩をくっつけても平気でいられたのだろう。


 地元の大学に進学した陽輝は、現在では市内の住宅メーカーに勤めているらしい。


「わたしは三月にこっち帰って来たばっかりなんだ」

「なに。前の会社で嫌なことでもあった?」


 軽口のトーンで投げられた言葉が、わたしの脳裏に一瞬でおぞましい光景を蘇らせる。口を噤んだわたしになにかを察した陽輝が「ごめん」と即座に誤った。陽輝は昔からがさつに見えて、人の胸中を察するのが早い。わたしは彼のそういう所を好ましく感じていた。


「あのさ、来週の土曜って空いてる?」


 わかりやすく声のトーンをひとつ上げて、陽輝がわたしの顔を覗き込む。


「知り合いの劇団の公演があって、設営の手伝いを募集してるんだ。俺も参加する予定だけど、まだ人が足りないらしくて。もしよければ花緒にも手伝ってもらえないかな」





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