2-4 太陽みたいなひと
思考が白く弾けたままの頭で反射的にイヤホンを外す。陽輝はごく自然な手つきでわたしの指からそれを奪い取って自分の耳に嵌めた。
「これどこの?」
「五十嵐くんが西野先輩を追いかけるシーンにどうかなって」
「あーわかった。変わるんだ」
「ううん」
「うん?」
「わたしが勝手にやってるだけ。誰にも言ってないし、言うつもりもないの。だから気にしないで」
曖昧に笑って、そこで話を打ち切るつもりだった。陽輝が「ふうん」と吐息を零す。続くはずの言葉が恐ろしい。
伏せた目線の先で、画面下の赤いバーが長く伸びている。この時間が早く終わってほしくて、まだ半分もいかないうちに動画を打ち切ろうとした。
伸ばした指先が陽輝の手の甲にぶつかる。息を呑んで、時間が停止したかと錯覚した。だけど耳元で音楽が止まない。
わたしの手を阻むようにして、陽輝の手が画面に覆いかぶさっていた。「止めないで」陽輝が囁く。一瞬で体の芯が熱くなった。
「俺もこっちの方が好き」
びっくりして目線を持ち上げたわたしを至近距離から見つめて、陽輝は念押しするみたいに言葉を重ねる。
「俺、香住さんのセンス好きだよ」
「あ、ありがとう」
「あー、絶対信じてないでしょ。俺マジで香住さんのこといいなって思って、いつも見てんだからね」
遅れて、ごめん気持ち悪いか、と体を引く。わたしは慌てて首を横に振った。
けして洗練された表現ではない、だけど確かな熱を帯びた陽輝の声が、わたしの胸を的確に突き刺してくる。陽輝の持つ生来の人懐っこさも作用してか、わたしはたちまち彼に心を許してしまった。
閉じたはずのわたしの世界に、隙間から光が差すように陽輝が入り込んでくる。
ホームに設置されたベンチに並んで腰かけて、ふたりでイヤホンを共有して画面を覗き込み、時折囁き合うように言葉を交わす。その様は恋人同士の睦み合いのように映ったかもしれない。
「一回でいいから客降りとかやってみたいよね」
ある日の練習後、稽古の記録動画を見ながら小さく零したわたしに、陽輝はイヤホンを外してにやりと笑った。
「やる?」
「わたしたちが三年生になったらね」
「いや、どうせなら次の通しでやろうよ。俺の登場シーンなら合いそうじゃない?」
「無理やりやるものでもないでしょ」
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