2-2 チケット
どこか申し訳なさそうに言われて、わたしは慌てて言葉を重ねた。
「いえ全然忙しくなんて。暇です。無職です。大丈夫です」
「あ、そうです、か」
勢いをつけすぎて、公星くんは明らかに気圧されていた。羞恥で全身が熱くなる。
「ごめんなさい」
俯きがちに様子を窺ったら、彼は顔を逸らして肩を震わせていた。
わたしは受け取ったチケットへ額を寄せる。彼をひと目見るために壮絶なチケット戦争に挑んだ過去を振り返ると、不思議な心地がする。
ホールに到着したのは開場前だったが、出入り口には既に列が出来上がっていた。
ここ数年は公星くん目当ての観劇ばかりだったけど、そもそもわたしは演劇が好きだ。
劇場内の空気だったり、幕が開く直前の一瞬の緊張感と静寂、スピーカーから肌へと伝わる震動や、何百人という人間が同じ光景に心震わせる一体感。そういった演劇から得られるすべてがわたしを夢中にさせた。
受付の手前に差し掛かったところで、長机の上に並んだ花束に視線を奪われた。どうやら出演者への贈り物らしい。
じっと目線を留めたまま過ごしていると、受付で当日券を販売していたスタッフが声をかけてくる。
「プレゼントかお手紙をお持ちですか?」
「あ、いえ」
短く首を振って答える。わたしは身を引いていくスタッフに会釈を返して、顔を正面へと戻した。
心臓の鼓動は開場前とは異なる色を宿している。脳裏はみるみるうちに終演後の段取りでいっぱいになった。
せっかく公星くんにもらったチケットなのに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます