第2章 またたき
2-1 まだ慣れない
正午を過ぎた頃に突然雨粒が窓を叩き出した。
大慌てでコテージに躍り出る。弱い風でゆらゆら揺れているタオルを乱暴にひっつかんだと同時に、隣のコテージから物音がした。
「あっ」
「こ、こんにちは」
「こんっにちは」
顔中に焦りを浮かべて登場した公星くんに、わたしの心臓が一瞬にして火を噴く。
公星くんだ、公星くんだ、公星くんだ! 脳味噌が彼の横顔で満たされて顔面を叩く雨粒に構う余裕すら失ってしまう。指先がもつれて何度かタオルを拾い損ねた。
再会から一週間が経過しようとする現在ですら、推しが隣に住んでいるという現実が受け止めきれず、顔を合わせると激しく動揺してしまう。これではまた予期せぬ不安を与えてしまってもおかしくはない。
籠を抱えた公星くんが小さな会釈を残して一足先に部屋に戻っていく。短い邂逅だった。ほっと胸を撫でおろしたのも束の間、なぜかこちらへ戻ってくるではないか。
「あのっ花緒さん!」
「はっはい!」
悲鳴を上げながら振り向いたわたしに、公星くんが、
「今からそっち行ってもいいですか?」
手櫛で軽く前髪を整えてから通路へ出ると、ふたりの部屋のちょうど中間あたりで公星くんがわたしを待ち構えていた。
「友人がチケットをくれたんですけど、おれは急用で行けなくなっちゃって。もしよければ、これを」
「わたしが行ってもいいんですか」
「おれの周りで観劇が趣味の人って限られてて」
公星くんから受け取ったチケットの表面に見覚えのある文字列を見つけた。文化ホールといえば、例のまとめサイトに投稿された最後の目撃情報が同じ場所のものだ。
「あ、別におれが譲ったからって無理して行く必要はないですからね。本当、気が向いたらでいいんです。花緒さんだってお忙しいでしょうし」
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