回想2-3

 鞄からさっき借りた本を出そうとして、キーホルダーをどこかに落としたことに気づく。公園内を見まわしただけでうんざりしてしまってすぐに諦めた。風が吹いて、勝手にページが捲れる。しかもそこに砂埃まで乗っかってきた。息を吹きかけて紙についた砂利を飛ばす。


 はあ、とまた勝手にため息が出た。こんなことなら図書館にいた方がよかった。ここはいつもより騒ぎ声が近くて、賑やかで、なのにいつもより寂しくなる。


「これ、きみの?」


 突然知らない男のひとに声を掛けられた。わたしの背に合わせて腰を折り曲げたそのひとは、落としたはずのわたしのキーホルダーを持っていた。


「ありがとう」


 びっくりして、小さい声でお礼を言った。


「いいえ。どういたしまして」


 わたしの手の上にキーホルダーを乗せてくれる。そのままどこかへ行くのかと思ったら、そのひとは自分のポケットに手を突っ込んだ。嫌な想像が過る。危ないものが出てくるんじゃないか、なんて──だけど。


「じゃーん」

「とらまる」

「そう。俺も持ってるの」


 わたしの手には相変わらずキーホルダーが握られている。だけどそのひとの指にもおんなじものがぶらさがっている。木曜日の夜遅くにやっている、五分アニメのキャラクター。


「おそろいだね」


 微笑まれて、急にそのひとの顔が鮮明になる。お父さんよりも若くて、お母さんよりもあったかい感じがするそのひとを、わたしはお兄さんと呼ぶことにした。




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