1-16 危険

「あのでも、ずっと公星くんのファンで、公星くんのことは知ってて、でもまさかとなっ、隣に住んでるとかは……あっわたし三月に退職して引っ越してきたんですけど、元々ここが地元で、高校とかすぐそこで、だから……」


 うまくまとまらないまま言葉が溢れて止まない。


 そのうち自分がなにを伝えるためにこの場に留まっているかすら判然としなくなってきた。ぱくぱくと口を開閉させるだけのわたしに、公星くんがなにかを告げようと息を吸い込んだちょうどその時、アパートの駐車場に白いステップワゴンが入って来た。


 わたしたちのすぐ傍らに停車すると、エンジンを停止させて運転席から一人の男性が降りてくる。


 こちらに向かってくるそのひとの胸元で鈍く輝くレンズを認めた瞬間、わたしは勢いよく飛び出していた。


 背後で公星くんが短く息を呑む。


 公星くんを背に庇うようにしてふたりの中間地点に立ちはだかる。一瞬にして弾けそうなほど暴れ出した心臓を服の上から抑えつけて、車から降りてきた男性の胸元で輝く一眼レフを睨みつけた。


「な、っどちら様でしょっか!」


 しっかり噛んだ。みるみるうちに顔の中心に熱が集中していくのがわかる。あまりの羞恥に涙さえ湧いてきた。

 わたしの視線を正面から受け止めた男性は「はい?」と小さく首を捻ってから失笑とともに胸元で一眼レフを構えた。


「そこの夜桜を撮影したいんですけど」

「よ、ざくら」

「ええ。それで、ここの駐車場ってお借りしても平気ですかね?」


 三十分程度ですんで~と気の抜けるほど軽い笑みを浮かべた男性を前に、わたしは返すべき言葉を持てずに立ち尽くす。


 なにから紐解いていくべきか判別できずに、あかべこみたいな首肯だけを返した。

 そこでようやく公星くんの存在を思考に取り戻す。


 はっと振り返ると、そこに彼の青白い童顔は見当たらなかった。周囲に人の気配はない。階段を駆け上がる足音さえ聞こえなかった。なら彼は、今どこに。





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