1-12 不信感

 ぐるぐる考え込んでいるうちにインターホンが鳴らされた。ここへ越してきて初めて耳にする異音が妙な緊張感をわたしに与える。様々な想像を巡らせて警戒を露わに扉を開けたわたしに、その人はチェーン越しの目礼を寄越した。


「こんばんは。今少しいいですか?」


 少し強張ったその声に、心臓が一瞬にして火を噴く。公星くんだった。


「ごっ、あ、今開けます!」


 慌ててチェーンを外して通路へ出ると、私服姿の公星くんが待ち構えていた。


「あの、どういったご用件で」


 控えめに問うと、公星くんは数舜躊躇ってから迷いの残る手つきでわたしの眼前に自身のスマホを差し出した。


「これ、投稿したの花緒さんですか?」


 公星くんのスマホには昼間に見たのと同じサイトが表示されていた。脳味噌を揺さぶるみたいな衝撃に襲われて、わたしはしばし彼の質問を受け止めきれずに呆然としてしまう。


 その沈黙が公星くんに色濃い不信感を与えたようだ。


「昼間、公園で花緒さんを見ました。一緒にいた女性って最近よくこの辺を歩いてるひとですよね?」


 わたしが弁解の言葉を舌に乗せるよりも数舜早く公星くんが言葉を重ねた。


「花緒さん、おれのこと知ってたんですか」


 見たこともない鋭利な眼差しに射抜かれてわたしはたちまち放心状態に陥った。真っ白に染め上げられた頭では気の利いた言い訳なんて浮かばない。


「……はい」


 繕わないまま素直に首肯すれば、公星くんが深いため息を零す。


「そうですか」

「で、でもあの、わたし本当にただのファンでっ」


 無意識に一歩踏み出すと、公星くんはびっくりしたみたいに二歩踵を引いた。わたしは言葉を失って停止する。公星くんもなにも言わない。ただ瞳の奥に恐怖だけがありありと浮かんでいた。睨み合うような沈黙が落ちる。


 ただのファンだから、なんだと言うのだ。オタクが推しの隣に住んでいる。どれだけきれいな言葉で飾っても、危険に変わりはない。わたしだって、同じ状況を外から見たら絶対に言う。お願いだから早く逃げて、と。


「もう……もう、おれのことは放っておいてくれませんか」





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